湘南|大船と辻堂(藤沢・茅ヶ崎)と平塚|3つ法律事務所がある弁護士法人代表某の「弁」

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「弁護士法人プロフェッション」代表某が時々弁ずるブログ|大船駅(鎌倉市)・辻堂駅(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚駅各3分|夜間休日相談あり

(2005.5.19記事)
ご専門は?と質問されることは多いです。

医師なら,外科,内科,小児科など,専門があります。
が,弁護士は,それほど特化しておらず,憲,民,刑,商,民訴法,刑訴法(いわゆる六法)には通暁し,他はその関連法なので,だいたいは対応できるのが実態です。

当所のような地元密着型弁護士は,専門に特化して門戸を狭めず,相談されればその法律問題に一定の解決策を提示することが求められます。

依頼が多い類型はあり,離婚等男女トラブル,相続,交通事故がトップ3。
経験は多くなります。が,専門ではありません。

専門を決めるのは,視野・知見・バランス・可能性を狭めるリスクがあると懸念しているのを,知っていただけたらと思います。

頼りなげな印象になるかもしれませんが,ご専門は?の質問に,端的に答えにくいのが正直なところです。

(2015.2追記)
ご専門は?と聞かれたら、「身近なトラブル」「中でも、男女問題・相続・交通事故」と答えると思います。
独立後10年で、自然とそうなりました。

男女問題は、「1対1」の法的トラブルの基本形だと感じます。当事者間の対立が主観面と経済面で、もっとも激しく、法的トラブルが集約されています。

相続は、「1対数人」の基本形。男女問題の応用形に位置づけられます。

交通事故は、主観面の対立は後退してドライで、むしろ経済面の対立が前進する点で、男女問題ができれば、交通事故もできるという関係になると思います。

(2016.5.25追記)
専門は?との質問は、その意図を大別できるように感じます。

ひとつは、どんな弁護士なのかという個性の興味からの問い。
もうひとつは、身近な法的トラブルを相談できそうかの感触を得る問い。

だから、最近は、専門は?と聞かれたら「どんな弁護士を探しているのか」と、逆質問することをします。

すると、法的トラブルを抱えている場合だと、その法的問題がメジャーもマイナーでも、専門を決めないできた分、意図に合わせた答えができます。

一方、探している弁護士の分野にほかに一目おける弁護士がいるのも分かるので、不用意に答えられないものを見極めることができます。
これは逆の意味の成長と好意的にとらえてほしいです。

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# by ofuna-law | 2016-05-25 09:00 | 取扱業務

略式起訴の罰金の納付

窃盗罪に罰金刑(50万円以下)が新設されたのが2006年。

罰金刑なかったの?と感じる方もおられるかも知れません。

もともと窃盗罪は,お金のない人が行う犯罪類型とされていたので,お金のない人から罰金はとれないという趣旨で,罰金がなかったのでした。

しかし,最近は,お金があるのに,万引するとか,下着泥棒など,罰金刑を科してもよいような窃盗態様が出現していた現状があり,罰金刑が新設されました。

略式起訴により罰金が科されると、即日納付が原則です。

しかし,限定的ですが例外もあります。検察庁の罰金納付の担当と話をします。
全く支払能力がなく,釈放されたところで家に帰る交通費すらないケースだと,緊急更生保護といって,釈放後すぐ保護観察所に回り帰りの交通費を捻出してもらうなどができます。
後日,改めて罰金納付につき,担当と話をすることになります。

なお,全く支払えない場合,労役場留置により罰金納付の効果を生じさせることになります。

# by ofuna-law | 2016-04-26 17:20 | ・刑事事件 裁判員裁判
今春4月新ドラマ、松潤の日9(TBS)「99.9-刑事専門弁護士-」と、竹野内豊の木9(テレ朝)「グッドパートナー 無敵の弁護士」が始まった。

両方初回を見た。

松潤のほうは、刑事弁護人がテーマ。
変人弁護士を人気者の松潤がやることが大衆受けするという狙いか。
上司(香川照之)が検事上がりのいわゆるヤメ検。この役の活躍に期待。一点、こういう役をほぼ香川照之がやるのはベタのように思う。
その妻役の女優さんがそれにしても綺麗だ。

なお、現役若手検事が、松潤と対立する関係上、どうしても引立役=ヒールすぎる役になっているのは、現実と違うので、誤解のないよう注意。
どちらかというと、個の検事の個性は、本来は、「HERO」(フジテレビ)のキムタクほか同僚検事たちのそれにイメージが近い。

ただし、検察内部の上司(奥田瑛二)と部下の規律の厳しさは、ままある。
対して、「HERO」のほうが、上司部下の関係を、ハートフル方向に振りすぎである。

竹野内豊のドラマのほうは、小さい企業法務の弁護士事務所の話。ちなみに、劇中説明が多いのに、説明がなかったのだが、業界では、こういう事務所をブティック型の法律事務所という。

気づいたのは、この事務所の間取りが、HEROの庁舎(地検城西支部)に類似するところ。この間取りは、ドラマのコマ割りを、時には個、時には全体と切取れるから、都合がいいのだろう。

ただ、法律事務所も検察でも、現実はこのような間取りは少ないように思う。
どうも、HERO同様、職場内でのコミカルなやり取りを描きたいという製作意図を感じる。

基本的に敵対する相手がいる関係上、弁護士ドラマは、流れが、最初はピンチで、最後は逆転し、そのギャップの大きさがスカッとするという形になる。つまり、どうしても「半沢直樹」的な流れになる。これは仕方ないのかもしれないが、最近はどれもどれもでマンネリに感じる。

余談だが、BL要素があるのでまだ世間的に時期尚早かもしれないが、よしながふみ著の漫画「きのう何食べた」をドラマ化してほしい。主人公が弁護士なのだが、半沢直樹的な流れがなく新しいはず。

細かいところであるが、よりリアルに近いかを見る一つの基準として、小道具としての、弁護士バッチの作り込みが挙げられる。

経験上、ドラマの弁護士バッチがチープなほど、ドラマもリアルから離れ、あくまでもドラマ(非現実的)になる気がする。

今のところ、その点だけでみると、松潤のドラマのほうが作り込みがしっかりしているように見えた。

ただ、竹野内豊は、最近特に「素敵な選タクシー」で面白かったこともあり、個人的には期待している。

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# by ofuna-law | 2016-04-26 13:18 | 今の関心事
日本人は文系,理系にすぐ二分法するが,明治期に西欧から学問が入ったときの産物。現代では,大学で体系立てて学ばせ,文系理系の垣根を越えた広い教養を身につけるべき。~との阿部謹也一橋大名誉教授の意見を目にしました。

法律学は,文系に入れられますが,緻密に理論が体系立てられる点,多分に理系的です。

ここだけでそうですが,それ以上に,法律学には,それを駆使する法律家の「情理」,つまり,教養を身につけた上での,多角的で広い視点・経験則がベースに不可欠という点でも,二分法では割りきれないと思います。

最近読んだ「国家の品格」にも,教養を身につけなければならないとあり,これは専門バカ,法律バカになってはいけないとの戒めと受けとめました。

もっと読書したり,人に教えを請うなどして学ぶようしなければと思いながらも,実際は…という現実もありますけれども。

---以上が2006.5の原文(加除訂正あり)---

つい最近、~法の生命は理論ではなかった。経験であった。~という著名な外国人判事の格言をアップしましたが、趣旨はほぼ同じです。

なお、法律学は、ケースごとに必ず特徴的な相違があり、必ずしも明確な答えがでるとは限らない、白黒つけることが難しい、そして、とりわけ、現時点の「こうなるべき」という結論が過去では必ずしもそうとは限らず、未来でも必ずしもそうとは限らないという,時代のうねり・トレンドが多分に入る(今の正解が過去や未来の正解とは限らない)、のが特徴的で、この点も二分法で割りきれないと思います。

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# by ofuna-law | 2016-03-25 09:00 | 法律 論点 解釈
2013.4.15記事のタイトルは「新サービス 大船で火曜日木曜日に夜間常時相談開始」

お客様アンケート等での強い声から、「大船法律事務所にて、火曜日木曜日21時まで夜間法律相談を実施する(ただし、電話受付時間は17:30まで)」という内容の記事でした。

その後、平塚八重咲町法律事務所を開設し、湘南内に3つの事務所(大船・辻堂・平塚)を置きました。

現在、3つの事務所により、全曜日と夜間に対応できる体制です。
平日土日の全曜日、どこかの事務所が開いているうえ、大船で火・木に夜間相談ができます。
電話は営業時間であれば、転送体制とし、休む事務所にかけても開く事務所に繋がります。

お客様にとって、便利で利用しやすい、敷居のない事務所を目指す取り組みです。

夜間は、火曜日木曜日の21時まで大船(駅東口3分。0467-42ー8093)。
土曜日は辻堂(駅東口3分。0466-54-7342)。
日曜日は平塚(駅西口海側3分。0463-79-6014)。

    月 火 水 木 金 土 日
大船  ○ ◎ ○ ◎ ○ 休 休
辻堂  休 ○ ○ ○ ○ ○ 休
平塚  ○ ○ ○ ○ 休 休 ○

◎=21時まで(電話受付17:30まで)

なお、弁護士は、所属する事務所の休日は休んでおります。
事務局がご伝言をお預かりし、休み明けに折り返します。

# by ofuna-law | 2016-02-22 10:23 | 事務所案内 
国選弁護の被告人が、虚偽証言をする証人を請求してほしいと希望し、説得に耳を傾けない場合。

虚偽証言をする証人の証人請求などもってのほかと考えて辞任してよいか?

という究極の質問があり、考え方が分かれます。

弁護士は依頼者のためのものだから請求せざるを得ないとの考え方(誠実義務)がひとつ。
これに対し、信念に反するから、辞任するとの考え方(真実義務)がひとつ。

以前、私は後者の考え方でした。
が、いまは、前者の考え方。

理想は後者です。

でも、辞任をすると、後任の国選弁護人が同じ問題に直面。なお、辞任せず、証人請求はしないとなると、弁護過誤になります。

結局、信念に反するゆえの辞任を許すと、その後、辞任、辞任という連鎖が生じます。

だから、証人請求はしつつ、できる限り嘘をつけないよう、かわしたり、質問を工夫するなどする。そうして信念との折り合いをつけることになります。

見方により弁護士も悪者側とされることがありますが、むしろ法的にそれが求められる仕事。

そうした立場である上で、様々板挟みの局面があり、あがいていることを知ってほしいなと思います。

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# by ofuna-law | 2016-02-13 08:30 | スタンス
先日、あまり取り扱わない法分野の研修会に出て、それはそれですごく勉強になりました。

ですが、あまりに自分の取扱業務との重なり合いのなさを感じ、そういった分野の取扱いが少なかった自分の弁護士としてのアイデンティティーを考え直す・悩む機会ともなったです。

弁護士として、アピールできる固有の特色って何なんだろう。
客観的に見ることは、得てして誰でも苦手ではあるとは思うのですが。

以来、自問自答して、公然と言い切れるアイデンティティーを思い、ふと悩んだりもします。

少なくとも、クライアントの力になれて、結果が出て、喜んでもらえることがやりがいであることは絶対価値であることは間違いありません。

分野として、仮にひとつに絞るとするなら、刑事事件かな。

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# by ofuna-law | 2016-01-20 08:00 | プロフィール 
「いい弁護士の見つけ方」は気になると思う。どうやっていい弁護士を見つけるのか?と聞かれるが,実際,回答に困る。

ポイントとしては,①「いい弁護士」と②「見つけ方」とに分けて考えることはいえる。

1 ①「いい弁護士」に関して

何をもって「いい」とするかは人それぞれ。
ただ、人と人ゆえ,「相性が合う」かは重要と思う。

依頼すれば,長い間,案件委任関係になり,相性が合わないと互いに辛い。
まずは第1印象。初回法律相談や知り合った機会に,弁護士との相性を見極めるべき。
知遇があるなら、相性はわかりやすい。

弁護士も色々。

相性の次は、「信頼できる」こと。その弁護士の人柄,誠実さ,事件処理の手腕,迅速さ等々。
これらも,困難な場合もあるだろうが,初回法律相談時等に,見極めることになる。

年齢が若い・同世代・少し年上・年配がいいという希望もそれぞれ。ご自身が思うところに従うべき。

若くても、勉強熱心・知識や判例は調べられる・フットワークが軽い等の見方ができる。
男性がいい嫌とか,女性がいい嫌とかもある。なお、女性は女性弁護士を希望される方が多いと聞く(特に離婚事件等)。しかし,実際,私は男ですが依頼者が女性の離婚事件も多い。

司法試験に合格しているので,能力はあると思って間違いはない。
同じ案件は一つとしてない,ゆえに,経験が活きることもあれば,必ずしも活きないこともある。

悩むときは,こういった要素も踏まえると参考になる。

出身大学も判断材料にできようか(血液型占いに近い感覚だが。。)。
当然一概にカテゴライズできないが,以下,参考までに(あくまで全くの私見。一切責任持たないであしからず)。

東大・京大出身・・当然ながら優等生。ただ,優等生はちょっと苦手という人も多いはず。
慶應大出身・・・・上品。育ちのよさあり。同門の絆が強い。ただ,庶民的ではないかも。
一橋大出身・・・・変わり者が多いとの噂あり(あくまで「噂」)。類して,切れ者も多い。
中央大出身・・・・努力家が多い。「白門」と呼ばれ,偉大な法律家を多く輩出した歴史がある。
早稲田大出身・・・人数が多い。法曹界ではあまり目立たない存在。バンカラ。
明治大出身・・・・庶民派。偏差値が上記各大学より低めゆえ穿った目もあるが,逆に親近感あるかも。

2 ②「見つけ方」に関して

見つけ方のチャネルは色々。紹介,弁護士会,自治体,法テラスの相談など。

神奈川県の弁護士全員が所属している横浜弁護士会では,個別弁護士の紹介はしていない。
一旦,弁護士会の法律相談を受け,その法律相談を担当した弁護士に依頼する。自治体や法テラスでも,同様。法律相談を担当した弁護士に依頼する。

偶然に左右されるから,①の記載を踏まえ,判断の必要がある。

紹介は一般的にはよい選択。紹介者の手前が弁護士にあるから。
ただし,なかなか知り合いに弁護士がいる友人はいないだろう。なかなか難しい面はある。

ネットで探す方は多い。ホームページから事務所の雰囲気や,弁護士の個性等が窺える。
弁護士としては,ネット経由のお客様も大切。直接指名されたことになるから。

以上。チャネルは色々。最終的にはご自身で判断する。それなら,納得し,納得せざるを得ない。

3 弁護士費用について

頼む際,弁護士費用が気になるはず。
今は統一の報酬基準が廃止され,基準は事務所ごとに違うが,従前の統一基準に従う事務所が多い。

注意点は,弁護士に頼まざるを得ない状況に至った以上,ある程度の出費は覚悟すべきということ。
安かろう悪かろうもいう言葉もある。吝嗇になるべきではない。

なお,ぼったくりは悪徳弁護士がすること。懲戒問題になるし,今は相見積りが取れるので,過剰な心配は無用と思う。

4 蛇足

蛇足ながら,司法試験の合格者数が今年(2006年3月記事当時)から激増する。10年前は1年間に約700人だったが,来年は約3000人と言われる(実際それに近かった)。
受験生にとっては合格しやすくなった。が,質の低下が問題に上がっている。10年前なら,不合格の者(3000人-700人=2300人)も合格できる計算になるから。
この点は着目すべきではないか。

いまは(2011年6月記事当時。そして現在も)は,実務経験なく独立開業する弁護士もいる(即独と呼ばれる)。
従前,弁護士は経験弁護士の元で数年修行して独立していた。
それを経ない即独の勢い・活きのよさ・若さを評価するかは,選ぶ側の考え次第だ。

# by ofuna-law | 2015-12-10 07:00 | 法律相談
1. 問題の大小問わない相談のしやすさ
2. 問題解決への随時・迅速・優先対応
3. 社会的信用の向上及び安心感

顧問契約には,上記3つのメリットがあると考え、当法人の特色自体がそれを最大化するものにしています。

当法人の特色とは,事務所数,弁護士数,営業日。

お互いに顔が見え,「問題の大小を問わず,相談しやすい」法律事務所です。

「問題解決への対応」は,債権回収・企業法務・労働問題・契約書作成等の経験と実績,所属弁護士全員の組織力,法令・文献・判例の徹底調査で,フルカバー。

事業主・法人様と相互に連携を密にしながら,個別事情や問題意識を共有しつつ,「随時・迅速・優先対応」をします。
例えば,ご都合に合わせ,事業主・法人様の職場での打合せなど,東京や弁護士が少数の他の法律事務所よりも柔軟な対応をしています。

弁護士ないし法律事務所の名実は,殊に湘南での実績・知名度・対外的信用力からして,顧問契約をして顧問弁護士とすることが「社会的信用の向上及び安心感」に繋がります。

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# by ofuna-law | 2015-12-01 12:30 | ・顧問弁護士
法の生命は理論ではなかった。
経験であった。
~ オリヴァー・ウェンデル・ホームズ判事

司法試験合格前、法とは理論、すなわち、数式であり、事実は代入する数字と同じ、という感覚がありました。

だから、理論に事実をあてはめれば、答えはストレートに出ると。

でも、実務に出て、みごとにその先入観は逆転しました。

法は理論ではなく、解釈の余地が多分にある。すなわち、数式のようにかちっとはしてなく、いわばゴムまりのように弾力的。

かつ、それにあてはめる事実も、リアルタイムに経験していないから、証拠や経験に基づき認定してゆく。ゆえに、真実は1つだけど、紛争上問題となってしまうと、事実は真実に一致するとは限らない(事実が捏造されたり、証拠で証明できないことなどもある)。

誤解をおそれずにいうと、相談時に、人生及び法曹の経験から、あるべき結論が導かれる(筋といわれるもの)。それこそ肝で、そこに向け、経験上あり得る自然な形で、法は弾力的に使うし、あてはめる事実も筋に沿うかでみる。

法の生命は理論ではなく経験という言葉は、とても府に落ちます。


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# by ofuna-law | 2015-11-17 09:01 | スタンス
人を嫌いに思うことはまずない質だ。

が,先日,某懇親会で,ある初対面の人と話し,(大雑把な表現だが)感じが悪く辟易した。
極稀々な経験だった。

初対面にすぎないから,以後,付き合いが深まって,実はいい人だったと感じたい。
人を嫌う自分が嫌。嫌という負の気持ちは回って自分に返る。悪口もそう。そういうのはしたくないから。

あらためて思ったのは,初対面時はその人の印象をおおかた決定づけること。
初対面時にマイナスイメージを与えたら,その挽回は,並大抵ではないのは容易に想像できる。
であれば,初対面ではできる限りの好印象を持ってもらう。ニュートラルでも合格点にしていい。

言葉遣いを適切に誤解を生まず,話を傾聴し,相手の気持ちを理解し推し量り,共感し,心情を知る。
そのためには要を得た適切な質問と相づち。空気を読み,相手の表情を見て,謙虚で誠実な態度に身振りも踏まえる。
言葉にできない声を代弁(翻訳)して話し,確認する等々。

格言にもあるけれど,「好意を持つ人に好意を持たれる」。
再び,初対面を大切する心構えで望むよう,意識したいと思う。


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# by ofuna-law | 2015-11-01 09:00 | 法律相談
司法試験に合格するための秘伝?法則みたいなことを一席(新司法試験に変わりましたが,あてはまると思います)。

1 よく「どれくらい勉強すればいいか?」と聞かれますが,これは,「トータル1万時間」といわれます。

1日10時間勉強で,年3650時間なので,3年弱で1万時間に到達。1日8時間ならそれよりも延び,他方,1日12時間なら早まります。質は非常に大切ですが,そもそも量の不足は問題です。

2 勉強に費やす「お金をケチるな」もいえます。

受験生は,お金がない。でも,ほしい教科書等や受けたい講座等があったら,ケチらずなんとかするべきだと思います。
受験勉強に必要な1年分の支出と,1年合格が遅くなって逃す弁護士1年分の収入とを比較するとわかりやすいと思います。
司法試験は,別名「資本試験」。長い目で見て,資本を投入することが大事です。

3 気持ちは「トップ合格」。

合格ラインぎりぎりでもいいと思っていた者として反省なのですが,このような意識だと,本番でちょっと失敗しただけで不合格になるリスクがあります。
気持ちが「トップ合格」だと,本番でちょっとくらい失敗しても,合格できる可能性が高いという「ゆとり」に繋がります。

また何より大きいのは,意識が高いと,普段の勉強にハリが出ると思います。スランプも「トップ合格を目指しているんだから,こんなことにくよくよしてられない」とはねのけられると思います。

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# by ofuna-law | 2015-10-18 12:43 | 司法試験 勉強

玉縄城(関東三名城)

大船事務所至近の玉縄城(清泉敷地内で遺構も少ない)は、北条早雲の築城。

江戸城・川越城と並ぶ堅城で、関東三名城といわれた。

なお、辻堂事務所至近には、大庭城(城址公園になっている)がある。ここは遡ると頼朝時代に,大庭氏という武士がいて,頼朝と対峙し,最終的には滅ぼされた。
のちの早雲時代も,城として機能していた。

早雲は,三浦氏と縄張り争いをしていた。
当初の攻防ラインが大庭城,その後早雲勢優勢となり,玉縄城が攻防ラインとなった。
攻防ラインが西に移動したことにより,大庭城はその役目を終えたと言われている。
その後,早雲は三浦氏を滅亡に追い込む。

平塚事務所のある平塚市には、平塚城(平塚農業高校の場所。遺構はほぼない)があった。東京豊島の平塚城と区別し、相模平塚城ともいわれる。

城があり、城主や家臣がいて、戦があり、治める民がいたこと。思いをはせるときりがない。

加筆予定(調べ中)。

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# by ofuna-law | 2015-10-01 08:00 | 地域の出来事 歴史 研究等
話題に困ったとき、法律相談中のクッションや、裁判・調停の待合室の雑談などで使う呪文。
「きどにたてかけし衣食住」

き →季節気候。「梅雨だから雨多いですよね。土曜はよく晴れてよかったです」

ど →道楽。「神社回るのが好きです。六所神社は祭神が女神だから御守りが「櫛の形」でしたよ」

に →ニュース。「最近気になるニュースは~です」

た →旅。「旅行してないなあ。行くなら~を回りたい」

て →テレビ。「大河は見るのやめちゃって。今見ているドラマは~です」

か →家族。「父の日、何かしました?。何もしてなくて」

け →健康。「40過ぎて、体力が落ちて。何か運動してます?」

し →仕事。「法律相談は、必ず解決策を提示しなければならないのが大変です」

衣 →衣服。「クールビズでユニクロのエアリズム着てます。さらさらです」

食 →食事。「そろそろ、好物の鰻の季節。鰻は好きですか?」

住 →住まい。「平塚に転居したんですよ。藤沢よりのどかです」

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# by ofuna-law | 2015-09-23 09:00 | コラム
警察の特殊職能班の小説。今井敏著「プロフェッション」。

売れているシリーズ物で、作家さんも賞を多く取る売れっ子とのこと。

この本が売れて、うちの法人名が「プロフェッション」であり、決して「プロフェッショナル」ではない点だけでも、区別してもらえると嬉しい。

プロフェッションとプロフェッショナルでは意味が違います。

プロフェッションとは、Profess(神に誓う)を語源とする、天地神明に誓って人の為に尽くす3つの専門職(聖職者・医師・弁護士)のこと。一般用語としての認知度はまだまだ低いです。

プロフェッショナルは、やはりProfessが語源。プロフェッションを更に形容化・名詞化したものと言われます。対義語はアマチュア。
プロフェッショナルの意味は、専門性のある職業・専門家。一般的には「プロ」と言われるもの。

両者区別をしていただきたいです。

プロ(プロフェッショナル)と名乗りたいわけでなく、意味を限局し、人の為に尽くす誓いを追求する弁護士でありたいという意味で、プロフェッションを法人名にしましたので。

今野敏著「プロフェッション」

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# by ofuna-law | 2015-09-01 00:00 | 事務所案内 
コンビニ弁当と違い、パッケージが色紙で見えないのが駅弁。コンビニ弁当なスケルトン。
駅弁の一番のおかずは、車窓風景。
とのこと。

湘南電車(JR東海道線)の車窓風景、イメージと異なり、実は、大船藤沢茅ヶ崎辺りは、湘南の海は見えない。

相模川が茅ヶ崎平塚の市境で、 だだひろい一級河川ゆえ南に、はじめて湘南の海が開ける(ちなみに、古来、この河口の眺望が、中国湖南省の湘江の河口のそれに匹敵するため、この地が湘南と呼ばれるようになった)。
この由来に思いを馳せ望むと、より味わい深いおかずになると思う。

大磯以西は徐々に海が近づき、小田原までの間、時折、車窓から海が望める。

海は時折しか見えなくとも、海の上の空は遠く広く青く開け(空が青いのは海が青いからとのこと)、青い湘南の海が写る湘南の空、これが抜群の車窓風景だと思う。

で、食べる駅弁はというと、湘南電車の全駅は、大船、藤沢、辻堂、茅ヶ崎、平塚、大磯など多々あるけど、この辺では、大船駅の駅弁「大船軒の鯵の押し寿司」しかない(と言って過言ではない)。

藤沢以西の駅は、数駅にわたり地場の駅弁店がないのです。で、大船軒が売店を出店し鯵の押し寿司が売られている。さながら、横浜駅半径数十キロの駅で崎陽軒のシュウマイ弁当が買えるのと同じ呈である。

小田原駅に至るとようやく(神奈川県が近時小田原以西も相模湾沿いは湘南との公式見解を出した模様)、東華軒という違う地場の駅弁店が登場する。
なお、東華軒は、小鯵の押し寿司がメーン。鯛めし弁当も有名。湘南の西側は養豚が多く、ブランドポークがあるから、豚肉の弁当もお薦め。

もし湘南電車に乗られるときは、これらの弁当と車窓風景をおかずにしてもらえると嬉しい。

追記 マツコ短信

彼女?のすごさは、話し手のどんな振りにも非常に温かく、話の引き出しが広いので「そうなのよねー」となって、決して相手を傷つけない(自身からの振りも含めて)柔軟な対応力、優しさだと思う。見習いたい(同年代だし)。
これは、彼女の接客業時代の経験から来るものに加え、おそらくご自身が著名になる以前は他人から冷たい対応を受けていた経験がベースにあるから、その逆張りを敢えて行っている(自分が嫌な思いをした分、何をすれば他人が嫌がらないか、嬉しいかを熟知している)のだと思っています。

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# by ofuna-law | 2015-08-06 15:52 | 地域の出来事 歴史 研究等

「HERO」 久利生公平

HEROは、考証よく、事件に取り組む検事の仕事をしっかりと、面白く描けている。

作家は、検事的に当然のことでも、通常知れない内情を1~2つネタとして仕入れ、それを物語の中核に据え、伏線をはりながら、興味深く、その内情が後々物語のキーになるよう構成している。
私が「検事って、こんなだよ」と言うのは簡単。だけど、それをいかに面白く物語として構成するか。そこが作家の腕。うまいと思う。

これまでの検事ドラマは、主役の検事にスポットを当てていた。
でも、HEROは、個性的な脇役を配し皆をチームとして描く点が違う。なお、検察のチーム力というのは、公然の特徴。見逃されていたここがよく描けている。こここそ、内情に迫りつつの新しい視点。

なお、久利生検事が買った通販商品が何かしら関係するとか、中卒とか、私服とか、「あるよ」とかは、より話を面白くするスパイス。ここはドラマ。

もうひとつドラマなのは、久利生検事が、1話につき、「1人の被疑者(被告人)の、捜査(取調べや現場に行くなど)→起訴→公判」をする点。
でも、実際、現場の検事は、常に数十件を同時進行で抱える。ゆえに、抱える仕事の「量」が内情と断然違う。実は、ここが最大のフィクションだと思う。

久利生検事レベルに丁寧に取調べをしたり、現場に行ったり、被害者や目撃者に会ったり等々は、現場の検事誰もがしたいこと。でも、実際はできない。そこが実際の検事のジレンマである。
まあ、仕事量まで内情に迫ると、ドラマとして成立しなくなるのだろうと個人的には考えてしまう。

とはいえ、木村拓哉を主演にし、内情に沿いながら興味深く物語にしたことによる検察のイメージアップ効果は計り知れず、その恩恵にあずかれるのは嬉しい。

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# by ofuna-law | 2015-08-03 23:26 | 今の関心事

Facebook 法人ページ

閲覧できそうなら是非。

弁護士法人プロフェッションFacebookページ

基本、blogの記事を特選し、それとは無関係の、アップ時の所感を入れる形式で落ち着いています。


# by ofuna-law | 2015-07-25 12:54 | 事務所案内 
午前中は小田原で弁護士会の法律相談。車で。

外部法律相談は、弁護士会で割り振られるのですが、部下に振りたいのと自分で行きたいのと、半々。
というのも、いわゆる他流試合のようなものなので、部下の経験に繋がるから。
他方、事務所の相談だけでなく、外部にも出たい気分がありますので。

午後は、伊勢原で人に会い、その後、平塚で人に会いました。

その後、戻って民事記録の検討。また近々尋問がありまして。
これまでの記録を再検討し、尋問事項の準備をしました。
この尋問事項案をもとに、打合せ(証人テスト=尋問のリハーサル)をします。

なお、裁判になったからといって、尋問にまでなるのは半数以下です。
裁判官が間に入ると和解でまとまる場合が多いです。
和解しないと、尋問になります。判決の前に尋問をするのです。

当所、尋問が多い感じがするかもしれません。
が、相手が(相手が負け筋なのに)和解に応じないことが多いからです。こちらが勝ち筋で、勝ちきりたいときも尋問して判決にしますが。
勝っても負けてもおかしくない案件が多く、和解妥当な事案は、むしろ積極的に和解しています。

尋問になったら、尋問では負けたくない、という気概は大です。

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# by ofuna-law | 2015-06-24 09:00 | 日々の事件簿
神社仏閣巡り好きで、最近地味ながらトライしているのが「相模国六社めぐり」。

相模国六社は、次の六社。
延喜式(式内)神社に分類されてますが、その格式は現在不明。ただ、少なくとも神奈川(特に湘南)では、中でも特に寒川神社が有名だし、格式は高いはず。以下もその系列だから格式は高いのではと想像してます。

一之宮・・・・・・寒川神社(寒川町)
二之宮・・・・・・川匂神社(二宮町)
三之宮・・・・・・日比多神社(伊勢原市)
四之宮・・・・・・前鳥神社(平塚市)
五之宮(格)・・・平塚八幡宮(平塚市)
総社・・・・・・・六所神社(大磯町)

土地柄、幼少より寒川神社はよく知っていて、ここは「相模国一之宮」のキャッチ一押し。
ならば二之宮以下は、どこでどんななの?というのが発端。

順不同で、まず去年に平塚八幡宮、今年に入って前鳥神社→日比多神社→川匂神社を参拝。

パワースポットさでは前鳥神社が一番(参道アプローチが長く荘厳なのがよい)。
劣らず川匂神社(上に茅葺きの門を見ながら長い階段を登るとひらける先の社に風格あり)。

日比多神社は境内が小さいのでその分パワーも弱いように感じますが、強いか弱いかでいえば強いです。
平塚八幡宮は、噂では国道整備の関係で参道が削られたらしく、その分パワー減殺した感じがします。

古来、地場の武士・武将は、神社仏閣への寄進等で、力を誇示し民衆の支持を集めたとのこと。
この地では、まず頼朝。次に早雲のはずなのに特記はなく、出るのはその後の家康。

頼朝は政子安産祈願と寄進、家康は衰微を再興して種々の戦勝祈願をし、これらは六社共通の歴史(なお、以前ブログに記述した家康の江島神社弁才天での戦勝祈願も、その一環に位置づけられると推理され、その後の民衆の江島詣でに繋がる流れは既述)です。

で、本来参拝時にご朱印をもらうとツウと思いつつ、そこまではしてはないので、ツウではないのが残念。
代わりにすることは、必ずおみくじ。

結果が悪かったら結び、よかったら財布に入れます。今のところ、一度も結んでないのが自慢。

おみくじの項目の中に「訴訟」あるいはそれに類似するものがあって、例えば、「勝つ。油断は禁物」とか書いてあります。
玉虫色の記載ゆえ、反対解釈(仕事柄、穿っています)すると、油断したら負けるかもしれない、と突っ込んでしまいたいけど、そこはおみくじ。

次は、近いうち、気の向くまま、六所神社へ行きたいと思っています。
季節柄、あじさいが咲いていたら一石二鳥なのに。

なお、昔は、京の都から官吏が赴任すると、一之宮から1つずつ参拝していた習わしだったところを、各神社を分祀して合祀したのが六所神社。
だから、ここを参拝すれば、全部参拝したことになるとのこと。

移動手段が基本徒歩だったとはいえ、いわゆる省略なわけで、それでよしとしてもよかったのかなという疑問なし、としません。

結局今回も、法律とは無縁のブログになってしまいましたが、一応、「訴訟 勝つ。油断は禁物」についてと、反対解釈については書いたので、それで、よしとして疑問なし、としてほしいところです。

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# by ofuna-law | 2015-06-18 09:00 | 地域の出来事 歴史 研究等
別荘地といえば、今は軽井沢、那須、熱海などが有名でしょうが、明治・大正・昭和初めは、神奈川の海辺が有名な別荘地でした。

(軽井沢に関する余談ですが、軽井沢を別荘地として有名にしたのは外国人です。外国人が気候や環境に着目して開拓。今や日本一ともいえる別荘地になりました。)

神奈川では鎌倉の海辺も、昔、多くの文人の別荘地であったことは有名な話。

ただ、今回は、鎌倉は抜きにして、大磯と鵠沼について書きます。

両者のうち、先に別荘地となったのは、大磯です。神奈川県中郡大磯町。

(またも余談ですが、この中郡には二宮町もあり、大磯町と二宮町はライバル関係です。あたかも、浦和と大宮、前橋と高崎、長野と松本のような構図がぴたりとあてはまります。例えば、大磯町出身の人に、「二宮町出身でしたっけ?」と間違えようものなら、小一時間は説教を受ける事態に陥ります。。。)

大磯に別荘を持っていた有名人では、伊藤博文、島﨑藤村、吉田茂、原敬などそうそうたる面々がいます。

(なお、吉田茂が大磯の別荘へ車で向かうにあたり、戸塚の開かずの踏切のせいで時間がかかりすぎるため、横浜新道の西にバイパスを整備させたという噂があります。余談ばかりですね。)

さて、なぜ、当時、大磯が別荘地になったのか?と思って少々調べた結果、明治~の交通が東海道本線(鉄道)のみということが関係しているようです。

東京から東海道本線に乗車した場合、海に直近するのは、品川の次が大磯が初めての地(ちなみに、「品川→横浜→(戸塚)→大船→藤沢→(辻堂)→茅ヶ崎→平塚→大磯」。現在の電車で1時間強ほどかかりますから、当時はもう少しかかったと思いますが)。

先日、先々本格的に大磯の有名人の別荘地散策をしようと思い、軽く下見しましたが、別荘地らしい風情が残っていました。潮風が心地よく、さながら離島の海辺の町のような感じ。古い家が多いです。道も狭く、それがまた昔ながらの雰囲気を醸し出しています。今後の本格散策が楽しみになります。

さて、一方、鵠沼は、藤沢市鵠沼または鵠沼海岸。江の島のやや西側に位置する海辺です。

藤沢駅からは、江ノ電または小田急線で数駅で到着。
この江ノ電や小田急線は、大磯が別荘地として栄えた頃にはまだ開通していませんでした。
ゆえに、大磯のほうが別荘地としては先で、鵠沼は後になるわけです。

江ノ電または小田急線開通後に、鵠沼は別荘地になり、栄えることとなります。
東には江の島、西には富士山が見えますし、閑静。いまでも海辺には砂防の松林がありますが、そういった風情。
あと、海水浴場があります。海水浴場としては、大磯も勿論適しますが、鵠沼は砂浜が大磯よりも東西に広いように思います。

また、丁度、ここらの海岸では、鵠沼のみ遊泳に適しているという特徴も関係しているかもしれません。
少し東に行ったり、少し西に行ったりするだけで、砂浜から海に入ると急に水深が深くなり、遊泳が危険になります。現在、鵠沼の東と西は、遊泳禁止区域になってますし。

ゆえに、藤沢市の海辺で別荘に適しているのは、鵠沼しかなかったように推察します。
ちなみに、いま鵠沼は別荘地というよりは、閑静な住宅街になっています。

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# by ofuna-law | 2015-05-12 09:00 | 地域の出来事 歴史 研究等
弁護士も人。生きている。
幾多の苦悩、例えば、逆境・ストレス・辛苦・試練等は不可避だ。

当法人名の「プロフェッション」とは、神職・医師・弁護士を指す。
人の三大苦悩を担う職業を意味する。
三大苦悩の対象は、心・体・人間関係。これらのうち、「心の悩みは神職」、「体の悩みは医師」、「人間関係の悩みは弁護士」が担う。

「医者の不養生」という言葉がある。

神職・医師・弁護士、それぞれ心・体・人間関係に悩まないことなどはない。
一見悩んでいないように見えても、表に出していないにすぎない。

むしろ、表に出さない苦悩を抱え、その結果、共感力と問題解決力が醸成され、その結果、仕事にやりがいを見出すという、螺旋回転を繰り返していると思う。
もし悩みがなかったら、そもそも悩みに共感し、解決し、やりがいを感じることはできないのではなかろうか。

マザーテレサは、聖書の言葉を引用し、「神は乗り越えられない試練は与えない」と言った。

いま苦境にある人に、この言葉を話しても、おそらく効果はないだろう。
熱い物を食べて喉がやけどしそうなときに、「のど元過ぎれば熱さ忘れるから我慢」と言うようなものだ。
腑に落ちるとは思えない。

だからといって、いま苦境にある人に、響かないかもしれないけれども、この言葉をいま話す意味はあると思う。後から意味を持ってくると思う。

熱い物がいつかのど元を過ぎて、「のど元過ぎれば熱さ忘れる」のを実感するように、苦境が過ぎた暁には、「神は乗り越えられない試練は与えない」のを実感すると思う。

そして、実感の瞬間、それが新たなスタートへの力になり、将来もし苦境が来ても、前回乗り越えた経験が必ず生きると思う。

だから、いまは響かなくても、苦境にあるからこそ法律相談にみえる方に、いつも「神は乗り越えられない試練は与えない」という言葉を持ち(口には出さないにしても)向き合っている。

そもそも、相談にみえた時点で、苦境を乗り越える第一歩を踏み出している。あとは、乗り越えて、その後、「神は乗り越えられない試練は与えない」の実感へと道を歩むだけだと思う。
# by ofuna-law | 2015-05-08 09:00 | コラム
あくまで私見。
元検事として,受験生・合格者・修習生から,検事になりたいと聞かれたときに話すポイントを以下列挙。

1 司法試験と司研の成績がよいこと

司法試験と研修所成績が総合して同期修習生全体の上から3分の1(2008年当時。現在はおそらく上位20~30%以上)に入らないと,厳しいのではないか。
客観的指標として,成績はもっとも重視されると感じる。採用側にとっても,足切りの理由として,説明しやすい。

ただ,原則には常に例外あり。成績が多少悪くても他の固有の要素が抜きん出ていれば検事になれる。
成績は最低条件であるとは考えておくべき。

2 検察官に向いてそうなこと

人には向き不向きがある。検察官にも広い意味で,性格や素養等が検察官向きであることが必要。

ぴんとこないかも知れないが,多数の修習生を1人1人みると,弁護士向き,裁判官向き,検察官向きとか,学者向き,個性が見える。
検察官向きは,集合修習や,実務修習の検察庁における修習ぶり等で,教官・指導官・事務官から,素養等が検察官向きかどうかを見られている。

具体的に何をもって検察官向きかというのは難しいが,例えば,協調性,正義感が強い,熱意がある,真面目(勉強熱心)でひたむきである,前向き,積極性,明るい,負けず嫌い(弱気・消極的ではない),頭でっかちや頭が固くない等々。

組織の中の組織。また,その組織が体育会系ゆえ,体育会系が嫌な人はあまり向いていないと思うし,酒を飲むこと(いわゆるノミニケーション)が多い組織ゆえ,お酒をたしなめるほうが望ましい。

ただ,原則には常に例外あり。文化系の検事や下戸の検事もたくさんいる。

3 その他の要素

修習中,自己紹介のときなどは,検事志望であることをアピールする(アピール下手が多い)。
検察教官,指導検事,指導検事の上司(地方なら次席,大都市は部長)に名前・顔を覚えてもらう。
世辞等小手先だましはしない(すぐ見抜かれる)。
自分の素養が本当に検察向きなのかを,オープンに評価してもらう(本当は向いてないなら他の道がよい)。
実務修習地の検察庁の人(特に事務官)と仲良くする(事務官はよく見ている)。
謙虚な姿勢。
のびしろの大きさ(任検してから育てる組織体質である)。
礼儀。例えば,検察主催の懇親会があったときは,翌日,検事正・次席にお礼に行くか,お礼状を書く。
積極的に検察修習はもちろん他の修習にも取り組む。
自分の大学・法科大学院の検察出身教官にアピールして知己の現役検事を紹介してもらう(必要な素養を知る機会)。
一生涯検事をやり抜く覚悟(途中で辞める前提は絶対無理)。
多数に埋もれない自分ならではの長所がある(人材の多様性を好む組織体質である)。
など。
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# by ofuna-law | 2015-04-17 07:40 | 法曹 裁判官・検事・弁護士 
1 日本三大七夕祭り

「日本三大七夕祭り」は、まず第1と第2は確定していて、仙台・平塚。
第3には、争いがあり、愛知県安城市と愛知県一宮市が、それぞれ主張している。

ただ、近時、安城市は、その主張を「願いごと日本一祭り」に変更した。弱気とも思える一方、日本三大七夕にこだわるよりも、日本一にこだわったのであろう。もっとも、願いごと日本一祭りという主張をしていることそのものが、市民はもとより全国に周知されておらず、現在のところ、その目論見は成功していない。。

第3を、安城説とするか、一宮説にするかについては、一宮説とすべきである。
理由は、上記のとおり、日本三大の主張を変更した安城よりも、安城よりも分が悪かった一宮が、自ら日本三大にこだわりつづける、その心意気を評価すべきこと、また、それに、後述する由来(なぜ、一宮にて七夕祭りが始まったのか)の説得力である。

2 関東三大七夕祭り

「関東三大七夕祭り」というくくりもある。平塚、埼玉県狭山市(入間川)、千葉県茂原市である。

ただ、平塚は、自らは全くこの呼び方を主張しない。
日本三大に数えられる以上、それよりも小さい関東三大というくくりは、平塚にとって不要だからであろう。
平塚の並々ならぬプライドが見て取れる。。

3 歴史

もともと、七夕を祝うようになる風習は、江戸中期とされる(諸説あり)。現在も、家や地域で、笹を立て短冊を飾り願掛けをして祝う。

それが大規模な「祭り」とされたのが、仙台で、江戸中期からのようである。ただ、風習が徐々に大きくなり、祭りとなるのが通常の流れであることからすると、風習が江戸中期からとすると、同時期である江戸中期の仙台の七夕祭りの規模は、小さかったと推測される。

仙台は、その起源を、藩主伊達正宗公が、子女の手芸を上達を願うため、強く七夕を祭ったことに由来するとし、その時期を、江戸初期としている。

正宗公が子女の手芸を上達を願ったことや、正宗公が江戸初期に活躍していたことは正しい史実としても、そのころ(江戸初期)から強く七夕を祭ったというのは、七夕が祝われるようのがそもそも江戸中期だとすると、飛躍が否めない。
むしろ、昭和以降の仙台が、日本一の七夕祭りであるという主張を強く根拠づける後付けの主張とすべきではなかろうか。。

なお、七夕を江戸中期から祝うようになったという起源を裏付ける資料まで当たっていないので、その起源自体が揺らぐならば、江戸初期に仙台が七夕祭りを始めたという事実は、その正当性が強まるので注意が必要である。

さて、なぜ七夕が「子女の手芸の上達を願う」なのかというと、物語上、彦星と織姫が、願う=「願掛け」となり、短冊を書くは、短歌を筆で書くことで、短歌は、学問を意味し、筆で書くは、習字と転じていること。また、織姫の「織り」が、針仕事・機織り・染め織りを意味すること。それゆえ、これらの上達を願う祭りに繋がってくる。もちろん、祭りであるから、豊作豊漁を願い、それに感謝することも含まれてくる。

話を戻すと、仙台の七夕祭りは、江戸中期には始まっていた。そして、その起源は、伊達正宗公にある。

では他方、仙台以外の、平塚・安城・一宮・狭山・茂原での始まりはいつか。

平塚は、昭和25年
安城は、昭和29年
一宮は、昭和31年
狭山は、江戸中期
茂原は、昭和30年

である。
狭山の歴史は、仙台と同じころからであった。
他方、仙台・狭山以外の平塚・安城・一宮・茂原は、戦後である。戦後に開始したのは、いずれも、戦後の復興祭という意味合いが非常に強い。すなわち、地域振興や、周辺地域からの来客を呼び込む意味合いである。

ただ、「戦後の復興祭」は全国各地で行われたのであり、なぜ「七夕」なのかという意味は疑問である。この点に関しては、七夕の上記意味の側面からアプローチしてみる。

織姫の「織り」からは、繊維・紡績へと意味を転化できる。

この点で、まず、平塚には、関東紡績と相模紡績という紡績工場が存在していた。
この点で、七夕との強いつながりを見い出せる。

同じ意味では一宮が該当する。一宮は、昔から繊維・紡績で栄えた。

そもそも、一宮とは、尾張国一宮を意味し、宮とは神社であって、「真清田神社」のこと。
この神社の祭神の、母神が、「萬幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)」であり、機織りの神。
このことからも、一宮が昔から繊維・紡績で栄えたことが認められる。そして、現在も、繊維・紡績業は行われている。

それゆえの一宮七夕なのである。

なお、上記のとおり、日本三大七夕祭りの第3について、一宮説(安城説を否定)を支持するのは、「織り」と「真清田神社」という説得力を評価したゆえである。

一方、安城と茂原については、現状、七夕の意味からのアプローチは困難であった(なお、安城には、倉敷紡績安城工場という紡績工場があったが。。)。
現時点では、この二つの地で、戦後復興のためになぜ七夕か、という疑問には、「偶々」という答えが相当のようである。。もちろん、学問・習字・針仕事・手習い・豊作豊漁祈願等の意味があり、七夕を祭るという意義は極めて重要である。

4 開催時期・規模

日本三大・関東三大といわれるのは、上記由来や歴史に加えて、規模という要素は欠かせないであろう。

加えて、時期も列記し、それぞれの祭りを比較してみる。
なお、七夕が7月7日であることは公知の事実である。もっとも、日本には、旧暦と新暦がある。旧暦の7月7日は、新暦の7月の下旬から8月上旬とされる(太陽の位置で換算するようで、幅があるらしい)。

仙台 204万人/3日間(日換算68万人) 8月8日ころ 3日間開催
平塚 170万人/3日間(日換算56万人) 7月7日ころ 3日間開催
安城 102万人/3日間(日換算34万人) 8月8日ころ 3日間開催
一宮 130万人/4日間(日換算32万人) 7月下旬ころ 4日間開催
狭山  43万人/2日間(日換算21万人) 8月8日ころ 2日間開催
茂原  84万人/3日間(日換算28万人) 7月下旬ころ 3日間開催

このデータ比較からすると、日本三大七夕の第3について、安城と一宮がしのぎを削っているのがよく分かる。さながら、餃子消費量で宇都宮と浜松が競っているのと同じ構図といえよう。。

ちなみに、平塚のみ新暦を採用している点が耳目に値する。

新暦を採用した場合、伝統性や歴史性から離れるという難点が否めないが、開催開始時の平塚市長は、新暦にすると、「飾りを旧暦開催の七夕祭りの地へ譲渡できる」と話していたという。一見合理的である(ただし、この点については、最期に余談で述べる)。そして、この合理性から推理すると、新暦開催は、旧暦開催の七夕祭りと時期がかぶらず、来客が見込めると考えたのではなかろうか。

5 余談

湘南では、まことしやかに「平塚七夕祭りの飾りが、仙台七夕祭りで再利用されている」と言われている。

このことを、仙台の方々に話すのは危険である。猛烈に否定され、友好が途絶えかねない(実際、そのような体験をしたことがある。人格否定に近かった。。)。

また、仙台同様、旧暦開催の安城・一宮・狭山・茂原の方々に、「平塚の七夕祭りの飾りが再利用されている」と話そうものなら、仙台の方々と同様、断固否定され、友好が途絶えかねない。

それは至極当然である。
地元の祭りなのだから。
飾りは、地元市民や地元企業が、願を掛け、祝金を掛けて、創意工夫し独自の飾りが作られるはずだからである。

平塚七夕祭り開始当時の平塚市長の「譲渡」発言は、一見合理的であったが、実現しなかったと考えられる。

# by ofuna-law | 2015-03-30 12:40 | 地域の出来事 歴史 研究等

平塚の3不思議を語る

1 平塚の河川
  
平塚市には、東側の茅ヶ崎市の境に「相模川」、西側の大磯町の境に「花水川」が流れる。

そのほかに「馬入川」「金目川」という河川も少々知られる河川だろう。

この4つの河川の区別ができていない方が多いのではないか。というか、私が混乱していたので、整理した。

まず、「相模川」と「馬入川」は、同じ川である。相模川の下流域を、特に「馬入川」という。
国道1号線(東海道)の橋で、河口から数えて2番目(なお、1番目は湘南トラスト大橋)が、馬入橋。

この馬入橋以南は、相模川を馬入川と呼ぶといっていい。名前の由来は、建久九年(1198年)の冬、馬入橋架橋時に、頼朝が馬で渡り初めをした際、源頼朝が馬で川に落ちたからと言い伝えられている。ゆえの馬入橋と馬入川。ちなみに、頼朝は、この落水が原因で、病気(肺炎か?)になり、亡くなったという。
なお、そのころの川筋は、現在よりも約一キロメートル手前(東の茅ヶ崎側)の小出川畔を流れていた。関東大震災で旧相模川の橋脚が隆起し判明。この橋脚は国の史跡となっている。

次に、「花水川」と「金目川」は(も)、同じ川である。これらは、北方の秦野市方面から南の相模湾へ流れるが、平塚市内で「渋田川」と合流する。この合流地点の以北が「金目川」、以南が「花水川」だ。

かつては,金目川と渋田川の合流地点から下流も金目川と呼ばれていたらしいが、その下流の桜を,頼朝(ここでも頼朝。。)が桜見にきた。しかし、花を見ずに帰った。ゆえに、花水川となったと言い伝えられている。ここからは推論だが、花を見ずは、花不見(漢文)または花見不になりそうだが、「不」のマイナス印象ゆえ,避けられ,「水」の文字が当て字にされたのではないか。

2 平塚市南部の道路区画と町名の不思議

さて、平塚市の東海道線よりも南側は、碁盤目に東西南北に道路が整備されている。
平塚駅南口から海へと繋がるメインストリート(なぎさプロムナード)は、幅も広く、歩道も整備され、一見の価値がある(駅から徒歩2~3分には、平塚で代々の国会議員、河野邸もある)。

もっとも、その碁盤目に整備された道路に、なぜだか北西から南東へと斜めに入る道路がある。

気をつけないと、碁盤目という前提で、東に向かっているつもりが、その道路が斜めに入る道で、いつの間にか、東ではなく南東へと進んでしまう。

道路の碁盤目整備は、平塚大空襲に関係がある。平塚大空襲により、焼け野原になった南部の新たなまちづくりで、道路が碁盤目に整備された。

にもかかわらず、なぜ斜めに入る道路を入れたかというと、馬入川の河口にある須賀港(現在の平塚港あるいは平塚新港)が存在したからだ。

この港は、江戸時代やそれ以前に、海運で非常に栄えた。海から廻船が集中し、高瀬船で相模川を北上し、厚木や相模原方面へと物資を運んでいたのである(現在の中心街は平塚駅北口付近だが、昔は須賀港付近であった。物資が集まっていたから当然といえる)。

その須賀港に集まる物資は、須賀港から見て、北西に位置する平塚中心地市内(江戸時代、徳川家の直轄領であり、徳川家康が鷹狩りに来て、中原を宿地にしていた。「中原御殿」という。また、東海道の平塚宿があった)に、陸送された。

その陸送道路は、繁栄する須賀港から、中原・平塚宿を直結する重要な道路で、ここが、平塚大空襲後の道路区画整理の際も、しっかりと残されたのである。

平塚市の南側は、町の地名の名付け・読み名が綺麗なのも特徴である。例えば、八重咲町(当法律事務所があるから一番先に書いた。。)、松風町、菫平(すみれだいら)、袖ヶ浜など。

これらの町名は、平塚大空襲により、南側が焼け野原になったことを契機に、復興の趣旨が込められたからだと推測している。

3 湘南ベルマーレの不思議

湘南ベルマーレは、ホームグラウンドが平塚市にある。昔は、ホームタウンも平塚で、チーム名がベルマーレ平塚だった。

全国的に高くはない平塚市の知名度アップのためには、ベルマーレ平塚のままがよかったはず。例えば、鹿嶋アントラーズにせよ、浦和レッズにせよ、限局された市名を冠としているのだから。
中田英寿や岩本輝雄ら日本代表を輩出したクラブという歴史を考えてもだ。

ただ、資金力がなくて、周辺自治体も巻き込み改名したとのこと。仕方ないが、湘南というと、茅ヶ崎、江ノ島、鎌倉あたりが思い出されるから、平塚色が極めて薄まった気がして惜しい。
でも、ホームでの試合日は、市内にサポーターがゾロついていて、盛り上がっている。ホームグラウンドがあるからならではの風景だ。
# by ofuna-law | 2015-03-29 09:42 | 地域の出来事 歴史 研究等
江戸初期,家康が江戸入りに用いたのは,東海道ではなかった。
駿府から東へ進み,途中,中原街道(後北条氏が整備。東海道の脇往還に位置づけられる。中原街道の一部は鎌倉街道でもあったらしい)に入り,江戸入りした。その後も中原街道は駿府への往還に使われた。

1 江戸初期は東海道未整備ゆえ,宿場町の藤沢宿(神奈川県藤沢市)も,まだない。

ただ,そのころ,藤沢御殿という家康・将軍家の宿泊施設があった。
場所は,藤沢公民館と藤沢市民病院の間の辺りとのこと。

近時,藤沢宿復興プロジェクトが進むが,この藤沢御殿も合わせて復興すると,歴史好きの興味を引くと思う。

2 川崎市中原区には,小杉御殿という,家康・将軍家の宿泊施設があった。武蔵小杉駅の北,新丸子駅の西の辺りとのこと。

ここは,中原街道上の御殿である。
川崎市中原区は,この御殿辺りが旧中原村で,中原街道を地名由来とする。ゆえに,中原区の地名由来は中原街道である。
綱島が綱島街道を地名由来とするのと同じである。

3 中原街道は,中原御殿(神奈川県平塚市中原)という,家康・将軍家の宿泊施設を西方の起点とする。

この地周辺は,当時は天領。家康が鷹狩りを行った場所。
中原御殿は,鷹狩りの際の休憩・宿泊に使われた。
中原街道の中原の地名由来は,この中原御殿にある。とはいえ,鷹狩りが行われる場所の地名が中原。草木が茂る広い広い平原の中に御殿が建てられたのではないか。

中原御殿の門は,いま寺の門となり現存。周囲が平坦なのが鷹狩りを想像させる。

4 平塚でも平塚宿再興プロジェクトが進む。

藤沢と同様、平塚市も,平塚宿と中原御殿を合わせて復興したらどうか,というのは難しい。両者の位置がやや遠く,徒歩で回るのは遠すぎる。

むしろ、中原街道沿いの史跡の復興はどうか。
東海道宿場町復興は,他にもありきたりで差別化は困難だと思う。
が,中原街道なら違う。特に,着目できるのが,下記,田村及び四之宮の渡しという史跡の復興である。

5 中原街道は,基本的に,中原御殿から江戸を一直線に結んでいる。

東海道よりも,江戸へは一直線。東海道は大名行列に使われ煩雑。
ゆえに,農産物等運搬や旅人の最速ルートとして用いられた。赤穂浪士の江戸入りにも使われたとのこと。

江戸から見ると,現在の国道一号線桜田通り辺りが起点。そのまま平塚御殿へと西へ続く。

平塚に入るために相模川を渡る際は、田村の渡し又は四之宮の渡しが用いられた。
田村は,平塚市田村。四之宮は,平塚市四之宮。相模川の対岸の寒川町(相模国一之宮の寒川神社がある)から渡る。

田村も四之宮も,平塚市中心部(JR平塚駅・東海道平塚宿・平塚八幡宮)からは,かなり北方にある。国道246号線沿いにそれぞれ位置し,訪れるのには車を用いる必要がある。四之宮のさらに北方の田村は、もう厚木市に近い。

両方とも,その周辺のみ飛び地のように栄える。

田村に中原街道の「相模川の渡し」があり,四之宮にもあった。また,四之宮は相模国四之宮の前鳥神社の門前町でもあったろう(推測)。
相模川を渡る場所となるから,人と物が集まったはずで,そのころの賑わいの名残で今も栄えているのだと思う。

6 中原街道の宿場町は,脇往還ゆえ,東海道ほど整備されていなかったが,「立継場」という荷物等受け渡しを主とする宿場があった。

それらの場所は,小杉(神奈川県川崎市中原区),佐江戸(神奈川県横浜市都筑区),瀬谷(神奈川県横浜市瀬谷区),用田(神奈川県藤沢市)。

中原街道のルートは,現在,江戸時代と多少異なるが、なおも主要地方道として利用されている。
# by ofuna-law | 2015-02-01 10:00 | 地域の出来事 歴史 研究等
平塚事務所は日曜日営業。その代わりに金土定休。

続けてきて、日曜日営業によるお客様の反響は大きく、予約枠が埋まります。

では、働いている弁護士(及び事務局)からすると。。。
。。。これは、個人の気分の問題と仕事関係先との問題とにわけて整理して説明します。

1 まず気分。
日曜日営業は、通常日曜日は休み、という感覚からすると、一見損。ただ、日曜日は、マイペースが貫けるので、実はよし。
金曜日定休は、遊びに出た先がすいている、みんなが仕事なのに休んでいる感などが、よし。ここが最大の利点。
実は、当初から、この利点を狙い、平日に休みたかったのが本心であったりする。
ただし、遊ぶ人との関係で、一般的には営業日だから、そこは調整困難で損。

マイペースが貫けるとは、同業や営業など仕事関係先から電話がなく、静かで、外出もなく一日事務所詰め、来客と起案に集中できるという意味。
平日は、一日のやることが常にバタバタで、出たり入ったりや、不規則な電話・FAX・メール対応等、やることが細切れでマイペースどころではないため。

2 次に仕事関係先との問題。
金曜日は、定休(オフ)ゆえ、電話はかけない(ただし、かけられた話は営業する大船事務所・辻堂事務所に転送され、用件を承る体制にしています)。裁判所などにも行かない。
日曜日は、仕事関係先は定休だから、こちらからのアクションが基本できない。FAXやメールは送ります。

これは、辻堂事務所の土曜日営業で経験し、折り込み済み。要は、仕事関係先との関係では損。

でも、冒頭に述べたように、平塚事務所の日曜営業によるお客様の反響、いただく感謝の声は、非常に大きいです。

結局、気分は得、日曜にマイペースに仕事できる点は得・休みが人と合わない点は損、仕事関係先とは損・お客様には好反響。
ゆえに、損得感はプラスマイナスゼロ(得×2ー損×2=0)よりも少し得(お客様からの感謝分)というのが個人的感想です。

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# by ofuna-law | 2015-01-26 09:10 | これまでの事務所運営
平塚八重咲町法律事務所開設後、初めて気づいたことがあります。

それは、平塚市の「囲碁のまちひらつか」を標榜したまちづくりの取り組み。

そして、これが、いまの弁護士・裁判官・検事(法曹)なら、普通知っている「木谷(きたに)明」元判事(1937・昭和12-)に、繋がること。

将棋の町といえば、山形県天童市(将棋盤を作るのが根拠)。
囲碁の町といえば、平塚市(「囲碁のまちひらつか」)なのです。なお、囲碁で、まちづくりをする市が他にもあるようですが、これらは、もっと知られていない。

「囲碁のまちひらつか」の発端は、木谷實(1909・明治42-1975・昭和51)棋士にあります。上記木谷明元判事のご尊父に当たります。

1 木谷實棋士について

木谷實棋士は、20世紀の棋士で指折りの大棋士。「囲碁界の父」と呼ばれます。

「新布石」という革新的序盤理論を確立しました。
川端康成の小説に「名人」という本因坊との囲碁対決観戦物がありますが、対戦相手の「大竹棋士」が木谷實棋士。

この木谷實棋士が、昭和12年に平塚市に転入。そして、いまでも跡地には石碑が立つ平塚市桃浜町に「木谷道場」を開設。
平塚八重咲町法律事務所からは徒歩2~3分の場所にあります。

2 木谷道場と「囲碁のまちひらつか」について

木谷棋士は対局で全国を回る中、各地の才能ある少年を集め、「木谷道場」にて育成しました。
ここから多くの大棋士が育ち、昭和後半のタイトル戦線をほぼ独占。
孫弟子を含めた一門のプロ棋士は50名以上で、段位合計は500段以上にもなるそうです。

この功績を踏まえ、平塚市は「囲碁のまちひらつか」となりました。

「囲碁のまちひらつか」は、公益財団法人平塚市まちづくり財団が展開し、平塚市市民センター内に「星のプラザ」というサロンを開き、木谷實棋士の功績紹介や平塚で囲碁のまちづくりを進めています。
例えば、毎年「湘南ひらつか子ども囲碁大会」や「湘南ひらつか囲碁まつり1000面打ち大会」を開催しています。

マンガ「ヒカルの碁」を監修した梅沢由香里棋士も、木谷門下の弟子筋にあたります。

3 木谷明元判事について

木谷元判事は、昭和12年に出生。
平塚学区で1番の公立校「平塚江南高校」入学。
東大を経て、司法試験に合格。1963年(昭和38年)に裁判官任官。

法曹としては、東大から裁判官という、いわゆるエリート。裁判官になるのは、当時も今も、司法修習生の中では1番の難関。平塚江南高校OBでは指折りの大法曹になると思います。

ご著書の「刑事事実認定の基本問題」が、司法試験合格後、誰もが読むような基本書です。
表題に「刑事」とあるように、刑事弁護、刑事裁判、検察実務への影響はとても大きいです。

ご著書のうち「刑事事件の心-事実認定適正化の方策」は、映画「それでもボクはやっていない」の周防正行監督が、参考にした本として有名です。

4 小括

以上が「囲碁のまちひらつか」→「木谷道場」→「木谷明元判事」の繋がりとなります。

5 その他

木谷元判事は、2000年(平成14年)に東京高裁部総括判事として退官され、公証人・法科大学院教授を経て、現在は東京で弁護士をされています。

裁判官経歴は、浦和地裁刑事部部総括、最高裁調査官(注:最高裁調査官は陰で最高裁を支える役職)、数か所の地裁の所長などを歴任。
裁判官は、任官後に、民事裁判官へ進むか刑事裁判官へ進むかという大きな岐路がありますが、木谷先生は刑事裁判官。

後々「人権派の裁判官」と呼ばれるようになり、99.9%の有罪確率の現実の中、約30件の無罪判決を「確定」(地裁の無罪判決は、高裁で逆転有罪が多いため、無罪で「確定」は0.01%の内訳からすると驚異の数)させています。

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# by ofuna-law | 2014-12-01 10:00 | 地域の出来事 歴史 研究等
平塚八重咲町法律事務所営業日を変更し、「金土祝休み」「日曜日~木曜日営業」といたします。
よろしくお願いします。
# by ofuna-law | 2014-11-28 14:50 | これまでの事務所運営

交通事故 経済的全損

少し形式の古い車が事故に遭って,損害が生じた場合で,修理費が140万円かかる,しかし,同程度の車を購入したら,80万円ですむ,というような場合,損害はどちらでしょうか。

被害者の立場に立ってみたら,これまで乗っていた車には愛着等がありますし,修理して乗りたいという気持ちから,修理費の140万円を損害として請求したいところでしょう。

しかし,法律的には,この場合を「経済的全損」と言って,経済的に見ると修理できないものと考えて,安いほうの,同程度の車を購入した額である80万円を損害と考えます。

損害賠償の趣旨の一つに,損害の公平な分担というものがあります。被害者は常に加害者にもなる可能性もあり,加害者は常に被害者にもなる可能性もあるから,損害は両者公平に分担するという考え方です。これを敷衍すると,社会通念上相当な損害を賠償するということになります。

経済的全損の場合,社会通念上相当な損害というのが,高い修理費ではなく,安い購入費になるのです。

納得できない!という気持ちは分かりますが,法的には認められない主張なので,弁護が難しいです。
# by ofuna-law | 2014-10-10 08:30 | ・交通事故

「弁護士法人プロフェッション」代表某が時々弁ずるブログ|大船駅(鎌倉市)・辻堂駅(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚駅各3分|夜間休日相談あり


by prof-law