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「弁護士法人プロフェッション」代表某が時々弁ずるブログ|大船駅(鎌倉市)・辻堂駅(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚駅各3分|夜間休日相談あり

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平塚八重咲町法律事務所開設後、初めて気づいたことがあります。

それは、平塚市の「囲碁のまちひらつか」を標榜したまちづくりの取り組み。

そして、これが、いまの弁護士・裁判官・検事(法曹)なら、普通知っている「木谷(きたに)明」元判事(1937・昭和12-)に、繋がること。

将棋の町といえば、山形県天童市(将棋盤を作るのが根拠)。
囲碁の町といえば、平塚市(「囲碁のまちひらつか」)なのです。なお、囲碁で、まちづくりをする市が他にもあるようですが、これらは、もっと知られていない。

「囲碁のまちひらつか」の発端は、木谷實(1909・明治42-1975・昭和51)棋士にあります。上記木谷明元判事のご尊父に当たります。

1 木谷實棋士について

木谷實棋士は、20世紀の棋士で指折りの大棋士。「囲碁界の父」と呼ばれます。

「新布石」という革新的序盤理論を確立しました。
川端康成の小説に「名人」という本因坊との囲碁対決観戦物がありますが、対戦相手の「大竹棋士」が木谷實棋士。

この木谷實棋士が、昭和12年に平塚市に転入。そして、いまでも跡地には石碑が立つ平塚市桃浜町に「木谷道場」を開設。
平塚八重咲町法律事務所からは徒歩2~3分の場所にあります。

2 木谷道場と「囲碁のまちひらつか」について

木谷棋士は対局で全国を回る中、各地の才能ある少年を集め、「木谷道場」にて育成しました。
ここから多くの大棋士が育ち、昭和後半のタイトル戦線をほぼ独占。
孫弟子を含めた一門のプロ棋士は50名以上で、段位合計は500段以上にもなるそうです。

この功績を踏まえ、平塚市は「囲碁のまちひらつか」となりました。

「囲碁のまちひらつか」は、公益財団法人平塚市まちづくり財団が展開し、平塚市市民センター内に「星のプラザ」というサロンを開き、木谷實棋士の功績紹介や平塚で囲碁のまちづくりを進めています。
例えば、毎年「湘南ひらつか子ども囲碁大会」や「湘南ひらつか囲碁まつり1000面打ち大会」を開催しています。

マンガ「ヒカルの碁」を監修した梅沢由香里棋士も、木谷門下の弟子筋にあたります。

3 木谷明元判事について

木谷元判事は、昭和12年に出生。
平塚学区で1番の公立校「平塚江南高校」入学。
東大を経て、司法試験に合格。1963年(昭和38年)に裁判官任官。

法曹としては、東大から裁判官という、いわゆるエリート。裁判官になるのは、当時も今も、司法修習生の中では1番の難関。平塚江南高校OBでは指折りの大法曹になると思います。

ご著書の「刑事事実認定の基本問題」が、司法試験合格後、誰もが読むような基本書です。
表題に「刑事」とあるように、刑事弁護、刑事裁判、検察実務への影響はとても大きいです。

ご著書のうち「刑事事件の心-事実認定適正化の方策」は、映画「それでもボクはやっていない」の周防正行監督が、参考にした本として有名です。

4 小括

以上が「囲碁のまちひらつか」→「木谷道場」→「木谷明元判事」の繋がりとなります。

5 その他

木谷元判事は、2000年(平成14年)に東京高裁部総括判事として退官され、公証人・法科大学院教授を経て、現在は東京で弁護士をされています。

裁判官経歴は、浦和地裁刑事部部総括、最高裁調査官(注:最高裁調査官は陰で最高裁を支える役職)、数か所の地裁の所長などを歴任。
裁判官は、任官後に、民事裁判官へ進むか刑事裁判官へ進むかという大きな岐路がありますが、木谷先生は刑事裁判官。

後々「人権派の裁判官」と呼ばれるようになり、99.9%の有罪確率の現実の中、約30件の無罪判決を「確定」(地裁の無罪判決は、高裁で逆転有罪が多いため、無罪で「確定」は0.01%の内訳からすると驚異の数)させています。

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by ofuna-law | 2014-12-01 10:00 | 地域の出来事 歴史 研究等

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