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「弁護士法人プロフェッション」代表某が時々弁ずるブログ|大船駅(鎌倉市)・辻堂駅(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚駅各3分|夜間休日相談あり

カテゴリ:法律 論点 解釈( 38 )

本日5月3日は憲法記念日。

誤解を恐れず言いますが、法曹(司法試験合格者)は、憲法9条の解釈は苦手。かつ、改正につきサイレントな対応がマジョリティです。

なぜなら、憲法9条は司法試験に出題されない(だから勉強しない)から。
それと、議論が極めて政治的だからです(司法は、政治的ではあってならない、政治的問題には介入できない、抑制的であるべき、ということの方を強烈に勉強する)。

政治問題に抑制的であるべきという視点は、立憲主義や法の支配という根本原理と、違憲立法審査権(憲法81条)から導かれます(いずれも司法試験で頻出)。

立憲主義とは、憲法は、政治権力を縛り、その濫用を防ぐための国の最高法規であるという考え方。
法の支配とは、民に対し法を行使する側の政治権力も、高次の法により支配され縛られるという考え方。
立憲主義と法の支配が結びつき、高次の法である憲法が、政治権力を支配し、権力の濫用や暴走を防ぐと考えます。

その憲法の最後の砦と呼ばれる違憲立法審査権は、政治権力を縛る憲法の違反に対し、司法(の担い手である法曹)が、濫用や暴走を防ぐ役割を担うと。
ただし、違憲立法審査権が先走ると、三権分立のバランスが崩れますし、民意で選出されたわけでもない司法が政治化する可能性があります。だから、政治問題に抑制的であるべきという視点が導かれるのです。

ちなみに、法曹は、法を解釈するのが仕事のため、例えば、「自衛隊は合憲である」と憲法に明記されれば、違憲という解釈はできず、合憲と解釈しかできない以上、違憲立法審査権の行使の余地や最後の砦どころの話ではなくなってしまいます。

うまく表現できませんが微妙な立ち位置。法曹が憲法改正を言い出すと自作自演的に感じる負い目ともいえましょうか(法を解釈する立場・本分からはそれてくるというような。杞憂ならよいのですが)。

実務家になって、年齢や経験を重ねるうちに、憲法9条や改憲に対する意見も持つようになりますが、誰かと話すことはありません。

ただ言えるのは、法というのは、社会の要請のうねりの中で最適化され、され続ける存在であることです。
そのうねりのスピードが速い会社法などは頻繁に改正されます。
刑法などはもう少しうねりが長く、抜け穴のような事件が起きるのをきっかけに改正されます。

紆余曲折、つまり、昔は正しい法律が、その後正しくなくなり、また時を経て実は正しかった、となることさえあります。
上善如水、つまり、水は物の形に沿って必ず下へと流れるように、法律も落ち着くところに落ち着いていく印象が非常にあります。

憲法は、そのうねりのスパンが一番大きいと感じます。単位にして100年くらいかもしれません。
そのくらい社会(国際社会も含む)の要請のうねりの大きさを踏まえ、慎重な論議を重ねたうえで行う必要があると思います。
単位にして長い分、いったん改正すると、次の改正も同じくらい時間がかかると思いますので。

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by ofuna-law | 2018-05-03 20:43 | 法律 論点 解釈

神奈川県弁護士会の会館地下には、至誠堂という法律専門書店があります。
昨日ふらりと寄ったら、古き懐かしき所謂緑本の新刊が3冊(三連発)平積みしてあり、感動しました。

以下がその弘文堂法律学講座選書の三連発。

1 民法総則第9版 四宮和夫著・能見善久著(2018/04刊)
2 刑法各論第7版 西田典之著・橋詰隆補訂(2018/03刊)

3 会社法第20版 神田秀樹著(2018/03刊)

1の四宮民法は、平成10年以前ころの民法総則の基本書の不朽の名著。四宮先生がお亡くなりになり、能見先生が補訂等を続け、はや9版。
ただ、この本の付近に「我妻・有泉コンメンタール民法第5版 総則・物件・債権」(新刊)を発見。こちらを購入してしまいました。

2の西田刑法各論は、平成10~20年代は検察内部で推薦されるほどの名著。
西田先生も急逝され、廃版になったと思いきや、満を持して橋詰先生が補訂。はしがきを読むと、西田先生の本文は変えない旨明言。信用して購入しました。

3の神田会社法といえば、薄く平易で有名。商法の権威亡鈴木竹雄先生の緑本を引き継ぎ、もう20版になるとは。
江頭先生の基本書も事務所にあるけど、分厚く、もはや辞書。
薄く平易な神田会社法は、利便性が高いと考え、購入しました。
神田先生は、岩波新書で会社法を出版しており、これはベストセラーでした。初学者、企業担当者など、専門家ではないけど会社法の知識が求められる方には、神田先生はお勧めです(緑本も岩波新書も)。

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by ofuna-law | 2018-03-30 11:21 | 法律 論点 解釈
話題の標記書籍を読みました。示唆を得たのが以下3点。

1 訴状のファーストインプレッション

裁判官は(忙しいので)訴状を読んでとりあえず心証をとる。
訴状は,代理人の印象を決める。また,本格的に争われる訴訟は(心証を)最初に印象刷り込むのがよい。
弁護士は,複雑な訴訟物のときも要件事実を整理して書き分け,「よって書き」も正確に書くこと。

2 効果的な尋問

尋問は,事実認定の仕方にもつながるところ,裁判官は,この人はこういう動機があるからこうしたんだろうと,どちらかというと動機を中心に考える。
基本的な周辺情報は陳述書に書く。なお,「当事者の陳述書は全く証拠価値がない」とのこと。
尋問で,陳述書に書いていない動機や人間性がポロッと出ると,作為が介入しない生の情報として裁判官の心証に影響を与える。

3 必要とされる要件事実教育

実務家に必要な要件事実教育は,どんなに訴訟物や攻撃防御方法が複雑でも,正確に旧様式判決の「当事者の主張」欄が書けるレベル。それは大変な知的労力を伴い,ベテラン裁判官でも易々とはできない。
いまは,ロースクールも「さわり」だけ。司法試験も要件事実を勉強せずに合格できてしまう。司法研修所も上記教育をしていない。予備試験組は,要件事実教育を1回も受けずに実務家になっている。

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by ofuna-law | 2018-03-12 12:30 | 法律 論点 解釈

反対尋問 2007.6記事改訂

証人や当事者(以下,「証人等」という。)の尋問は,交互尋問方式といって

主尋問→反対尋問→補充尋問

という流れで行われます。

主尋問は,味方側の弁護士が一問一答で事実の経過等を証人等に質問します。

次に,反対尋問は,敵側の弁護士が主尋問を突き崩すべく証人等に質問します。

最後に,補充尋問は,裁判官が疑問に思ったところを証人等に質問します。

自分の側の証人等とは,事前に打合せをします(いわゆる証人テスト)。
主尋問で聞く質問をリハーサルするとともに,反対尋問対策として,自分が敵側弁護士だとして,反対尋問でどのような突き崩し方をするかを想定してリハーサルしておきます。

尋問当日に先立ち,弁護士は,相手方の証人等がどんなタイプか,どんな証言をするかを想像し,これまで法廷に出ている客観的証拠と経験則を手がかりに,どうやって反対尋問を成功させ,相手方の証人等の証言を突き崩すかを考えます。

反対尋問は,成功しないのが普通というのが,弁護士の常識です。

なぜなら,相手方の証人等も,当然リハーサルをして突き崩されない対策をしているからです。
でも,成功を目指し色々と試みます。

まず基本としては
・自己矛盾供述はないか
・思い込み供述はないか
・客観的証拠と矛盾する供述はないか
・経験則と矛盾する供述はないか
といった点を中心に反対尋問を構想しておきます。

また当日現場で相手側の主尋問を聞いて
・何かひっかかる(疑問に思う)点がないか
・不審な証言態度がないか
・おかしいことを言っていないか
などに注意し,臨機応変な反対尋問をします。

あとは結局のところ,経験です。

仮に,自分側の証人等が,敵側弁護士に突き崩されて反対尋問が成功した場合,その事件は負けるかもしれません。

が,その反対尋問から,多くのことを学び,かなりの経験になります。
普通は,リハーサルで想定していた以上のことを敵側弁護士がしてきますから,そんなやり方もあったか,と目から鱗が落ちることしばしばです。
もっとも,先ほど述べたとおり,反対尋問は成功しないのが普通なので,かなりレアケースとなります。

また,自分の反対尋問で,色々試みて駄目だった場合も経験になりますし,成功することもあるので,これも経験になります。

現場対応で,その場ではできなくても,後から,ああすればどうだったろうと思うこともあり,別機会に試したりします。

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by ofuna-law | 2017-11-14 08:14 | 法律 論点 解釈
大谷實先生の学説(大谷説)を完徹していたが、刑法総論についていうと、大谷先生の「刑法講義総論」は、いまや新版第4版。

でも、刊行が2012.5。5年も経っていることは、その間の新判例が載っていないことを意味する。値段も5000円近くして高いし、もしかしたら、近々第5版が出るかもしれない。だから、いまは買えない。

というわけで、別の先生で、出版年月が近く、気鋭で定評のある基本書を探すと、なかなか見つからない。

そもそも共著は除外。刑法は最も体系の一貫性が必要な法律だから。単著が理想で、理想を求めることは、最も刑法的な思考である。難解で膨大なパズルを孤独に一つの体系として構築し確立してほしい。それが刑法の理想だと思う。氏名で「~説」と呼称されるまでになるのはそのため。

あと、元が実務家も除外。刑法は最も純理論的な法律学だから。実務はいわば妥協の世界である。その妥協の世界を、生粋の学者が純粋に完璧に美しく理論化してほしい。無理はもちろん承知ではあるが、そこに刑法の出発点があると思う。

元が大谷説であるし、判例通説に即せば、行為無価値で。かつ、気鋭の学者で、定評のある書。

となると、なかなかいない。著者の経歴や、売れ行き(版を重ねているか)を、慎重に吟味する。

迷った挙げ句、高橋則夫先生のご著書を選択して買うことにした。

第3版が2016.10刊行。しかも、出版社が成文堂(大谷説と同じ)。経歴は早稲田の西原門下であるとのこと。西原説といえば、「共同意思主体説」ではないか。それなら知っている。同じ早稲田でも、結果無価値の曽根説とは違うのだ。

一方で、いまなら、最高裁判事になったばかりの山口厚先生は外せない。

結果無価値でも、最高裁判事ともなれば、昔の団藤先生のような通説判例への歩み寄りも多少は期待するし、近時の山口説はそれを予感させる説の動きもある。

ないだろうが当初の大谷先生のような、ひょっとすることも起きないかとも思ったりもする(大谷説が結果無価値から行為無価値に大転換したのをリアルタイムで経験した一人であったりする)。

刑法各論についていうと、大谷先生の「刑法講義各論」の最新版は、新版第4版補訂版で、2015.9の刊行。これは買わねばならない。

刑事実務的に、平成10年代は、刑法各論は、判例通説ではない結果無価値でありながら、西田説が圧倒的に支持されていた。名著である。

ただ、西田先生は2013.6に亡くなられた。門下の先生(佐伯先生とか)が改訂するかもしれないが、西田先生ご自身の筆ではないと、説が薄まると感じる。いまは買えない。
◎2018.4追記 補訂版が出たので購入。

体系の一貫性からすると、高橋先生の総論を今回買うなら、各論も買うべきであろう。版をみると、第2版が2014.10刊行。やはり、いま買ってよい。

それと山口説の総論を買うから、同様に各論もと考えたが、刊行が古かった。おそらく近々新しい版が出るはず。だから、いまは買わない。

ちなみに、井田先生のご著書も売れているようで、行為無価値だから検討の余地があるのではないかと思う方もいるかもしれない。

ただ、あくまでも大谷説から見ると、井田説は目的的行為論に拠っており、目的的行為論といえば元は福田説であり、本流の団藤大塚説からは傍流と感じるため(もとより大谷説は東大ではないのでおかしな話だが)、読んでもいないのに敬遠してしまう。

それにしても、昔(約20年以上前)と違って、たくさんの先生がたくさんの基本書を書いている。選択の余地がなかったのも窮屈だったが、余地がありすぎるのも絞れない。悩みという点では同じだが、悩みが贅沢になったものである。

ちなみに、総論2冊、各論2冊を買ったが、通読する余裕がないのが残念である(ということは、通読したうえで推薦しているわけではないので、注意を要する)。

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by ofuna-law | 2017-06-01 10:00 | 法律 論点 解釈
日本人は文系,理系にすぐ二分法するが,明治期に西欧から学問が入ったときの産物。現代では,大学で体系立てて学ばせ,文系理系の垣根を越えた広い教養を身につけるべき。~との阿部謹也一橋大名誉教授の意見を目にしました。

法律学は,文系に入れられますが,緻密に理論が体系立てられる点,多分に理系的です。

ここだけでそうですが,それ以上に,法律学には,それを駆使する法律家の「情理」,つまり,教養を身につけた上での,多角的で広い視点・経験則がベースに不可欠という点でも,二分法では割りきれないと思います。

最近読んだ「国家の品格」にも,教養を身につけなければならないとあり,これは専門バカ,法律バカになってはいけないとの戒めと受けとめました。

もっと読書したり,人に教えを請うなどして学ぶようしなければと思いながらも,実際は…という現実もありますけれども。

---以上が2006.5の原文(加除訂正あり)---

つい最近、~法の生命は理論ではなかった。経験であった。~という著名な外国人判事の格言をアップしましたが、趣旨はほぼ同じです。

なお、法律学は、ケースごとに必ず特徴的な相違があり、必ずしも明確な答えがでるとは限らない、白黒つけることが難しい、そして、とりわけ、現時点の「こうなるべき」という結論が過去では必ずしもそうとは限らず、未来でも必ずしもそうとは限らないという,時代のうねり・トレンドが多分に入る(今の正解が過去や未来の正解とは限らない)、のが特徴的で、この点も二分法で割りきれないと思います。

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by ofuna-law | 2016-03-25 09:00 | 法律 論点 解釈
環境依存文字でしょうが,けものへんに解と書いて,「獬(かい)」。
ある人に教わりました。

(意味)
1 牛に似た神獣の名。人の戦うのを見れば,その邪悪な方を角で突き,人の議論を聞けば,その不正の方を噛むという。後世。この図を裁判官の服に描く。
2 司法官のかぶる冠の名。獬(かい)冠。

西洋で法を司る神がテミス。
獬は東洋でいうそれでしょう。

wikipediaにありました「カイチ」で検索してみてください。

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by ofuna-law | 2013-09-01 22:00 | 法律 論点 解釈

憲法記念日

法律は、国民に向けた規範。
憲法は、国家に向けた規範。

そこが根本的に違います。

過去、数々の権力が暴走し、人々が苦しめられた反省から、生み出された人類の叡知の結晶が憲法です。
国家に向けた規範として、国家を縛るのです。

改憲はしてもいいけど、一法律家として危惧を感じます。

一旦緩い憲法にしてしまうと、国家の暴走を憲法で縛れなくなる可能性があります。
by ofuna-law | 2013-05-04 13:18 | 法律 論点 解釈

殺意の認定

殺人罪で起訴されたが,被告人は「殺すつもりはなかった」と弁解している場合(殺意の否認)が,よくニュースで「起訴事実を否認し,殺意はないと弁解しました」と報道されるなど,ままあります。

ここで争点となるのが「殺意の認定」です。

前提知識から説明します。
殺意とは,人を殺す行為(殺人行為)を認識し認容する意思のこと(簡単に言えば,人を殺すつもりで殺人行為をすること)を言います。
殺人行為とは,人の生命を断絶するに足りる現実的危険性を有する行為を言います。
例えば,人に向けてマシンガンを乱射する行為は,人の生命を断絶するに足りる現実的危険性を有する行為であり,殺人行為です。
この殺人行為を認識し,認容(殺してもかまわないと思う)すれば,殺意が認められます。

なお,殺意には,大きく2つに分けて,確定的殺意と,未必的殺意があります。
確定的殺意とは,積極的に「殺してやる」との意思を有する場合。未必的殺意とは,消極的に「殺してやるとまでは思わないが,死んでも構わない」との意思を有する場合です。

殺意の認定は,検察側としては,それをどのように裁判官に認めてもらうか,弁護側としては,認めてもらわないようにするか,が裁判の争点・大きなポイントになります。

このような場合,証拠裁判主義をとる我が国の裁判制度のもとでは,行為の客観的状況(客観面)を証拠で認定し,そこから殺意を認定する手法がとられます。

まずは,行為態様,凶器を見ます。
人に向けてマシンガンを乱射していた被告人が,「人を殺すつもりはなかった」と言ったとしても,人に向けてマシンガンを乱射する行為自体,殺人行為としての危険性が高いので,それを行う場合,殺す意思はあるだろうという思考パターンがとられ,殺意が認定されます。
人をナイフで突き刺した被告人だったらどうでしょうか。
人体の枢要部(心臓や頭)を狙っているか,刺した回数はどうか,傷の深さはどうか,ナイフの刃渡りはどうか,ということを総合的に考えて,殺意を認定します。
例えば,刃渡り20センチのナイフで,心臓付近を5回深く刺していた場合,これは強固な殺意が認定されると思われます。
逆に,刃渡り4センチのナイフで,右手付近を2~3回浅く切りつけていた場合,これは殺意は認められないでしょう。

次に,動機も見ます。
その被告人に被害者を殺す動機があったか。怨恨等がなかったか。これも関係者の供述から明らかにされ,動機があったかを見ます。

ほかにも,判断要素はありますが,大まかには,以上のような要素から被告人をとりまく客観的状況を総合的に認定し,客観面から,殺意があったか否かを判断します。

なお,弁護人にとって,殺意を争う場合に気を遣うのは,判決を見据えたときに,殺意が認定される見込みが高い事案です。

依頼人である被告人が殺意を争うという以上,その意思を最大限尊重するのが弁護士の役割のひとつです。

一方で,弁護士は,社会正義を実現する役割もあるので,無理なものは無理と助言する役割もあります。
また,殺意の否認は,主張が通らない場合は,無反省という評価に繋がるため,刑が重くなるリスクもあります。

証拠や経験則に照らし,以上の有利不利な点をすべて被告人に説明し,弁護しなければならないのです。

by ofuna-law | 2012-02-19 09:00 | 法律 論点 解釈

証拠(書証)の提出

新人事務員に,刑事事件の弁護側書証を,公判期日前に検察庁にFAXする指示をしました。
そうしたところ,裁判所にはFAXしないんですか?と尋ねられました。

確かに,民事では,審理促進充実の見地から,早期に書証を裁判所にFAXします。

しかし,刑事では,起訴状一本主義,予断排除の原則というのがあって,事件の証拠類は,第1回公判期日前に裁判官は見せないで,裁判官に先入観なく公判に臨んでもらう建前になっています。

ですので,刑事の書証は,公判前に,検察庁にはFAXしますが,裁判所にはFAXしてはいけないことになります。

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by ofuna-law | 2011-05-18 13:48 | 法律 論点 解釈

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