大船法律事務所 辻堂法律事務所 平塚八重咲町法律事務所 某辯護士の「弁」

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湘南に3つ ~大船(鎌倉市)・ 辻堂(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚八重咲町~ の法律事務所を置く「弁護士法人プロフェッション」の弁護士某が仕事や出来事や趣味などを時々弁ずるブログ

カテゴリ:スタンス( 7 )

努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」は、芥川賞作家の井上靖(明治40.5.6~平成3.1.29)の名言。
なお、井上靖作品は沢山ですが、チンギスハーンを描いた「蒼き狼」がお勧め。高校時代に読みました。ゲームにもなりました。

この言葉を知ったのは最近です。身につまされたのは、最近そういえば不満を語ることが増えているということ。

これに対し、こう見えて、高校大学時代や司法試験を目指し合格するまで、その後司法修習生、検事、勤務弁護士のころ、さらに独立してから数年は、内容こそ時々異なれ、希望(目標)を語っていたと思います。

この名言によれば、希望を語っていれば努力していて、一方、不満を語っていれば怠けているということになります。
翻って、不満を語るのが増えた最近は、努力を怠っているのでは、と反省の機を与えられました。

この名言の解説には「怠ける人より努力する人が結果を出すのは明らか」という言及もありました。

しかし、個人的には、「結果」ではなく「過程」こそが問題だと思います。希望を語るような生き方のほうが不満を語る生き方のほうがよいと思うのです。
また、意識すべきは、努力しているのか怠けているのかという点でもなく、要は、「語っているのが希望(目標)なのか不満なのか」だと感じました。


折に触れ、「不満を語っていないか、希望を語っているか」を自問自答したいと思った次第です。


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by ofuna-law | 2018-04-08 08:44 | スタンス
「泰然自若」と「冷静沈着」。

いずれの言葉も、意味は、感情に駆られたり物事に動じたりせず、非常の事に出会ったりしても、落ち着いて、物事に動じない様子・態度。

相克する一面を自覚するので、抱負として心に刻み、併せて最適と思っています。

「頭は冷たく、心はあたたかく」という言葉も(似ている言葉ですが)、時々言い聞かせています。

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by ofuna-law | 2018-01-16 06:36 | スタンス

2017年新年の抱負

新年の抱負。ここでは仕事面に限定する。

それは,昨年1月に掲げた抱負と同様,弁護士・事務所としての,価値を高めることだ。これを今年はもっと高める。

ここ15年で,弁護士数は倍増した(2000年次約17000人→2015年次約36000人)。

だからこそ,敢えて選ばれる価値を高める。
研鑽・努力・経験を積んでいく。結果を出し,満足度を得る。個のレベルを上げる。事務所の組織力を強化する。
いずれも簡単ではないが,愚直に追求し続ける。

医師に例えると,知る人ぞ知る名医のもとには,全国から患者が集まる。

まず,同様の価値を,高めることができないか。
とはいえ,見据えるのは湘南地域密着であり,全国ではない。ここが独自の力点。

つまり,そのような価値のある弁護士・事務所が,地元にあり,すぐアクセスができ便利なら,地域密着型法律事務所の理想形である。

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by ofuna-law | 2017-01-13 11:56 | スタンス
司法試験受験では,法の「理」,すなわち,理論を勉強します。
理論としての美しさ(一貫性と精緻度)に目を奪われます。

判例通説ではなくとも,例えば,手形法の二段階創造説。刑法も大谷説。民法177条だと鎌田説。
いずれも,判例通説にはない美しさがあります。

弁護士になると,判例通説がスタンダード。
少数説の出番や,理論の美しさは,ほとんど考えません。

実務では,結論の妥当性が肝。
事件の筋といって,これは関係当事者の主張や証拠等を総合考慮すると,どうなるのかといった見立てですが,事件を読み解くうち,まず結論が浮かびます。

この筋読み,見立ての根底にあるのが「情」です。
言い換えると,一般人の常識的な見方。

司法試験受験生は,大半が20代。
法律相談を必要とする人よりも,若い。
人生経験が少なく,常識はまだ不十分が普通。

とすると,何が正しい結論なのかの迷いがある。

しかし,それでいいんであって,まずは判例通説を理論として勉強することで,具体的事例でどのような妥当な結論を導いているか,という常識も勉強していることになります。

司法試験合格後数年して,常識が理論を超え,いまは,まずは結論の妥当性だと感じます。

そして,筋読みからの結論が,判例通説に反する場合もあり,この場合,判例通説の射程範囲を特定した上で,本件に限っては修正を加え例外とすることができないかという思考プロセスをとったり,妥当な結論が導かれるような事実の主張と立証に努めることになります。

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by ofuna-law | 2016-07-01 18:00 | スタンス
国選弁護の被告人が、虚偽証言をする証人を請求してほしいと希望し、説得に耳を傾けない場合。

虚偽証言をする証人の証人請求などもってのほかと考えて辞任してよいか?

という究極の質問があり、考え方が分かれます。

弁護士は依頼者のためのものだから請求せざるを得ないとの考え方(誠実義務)がひとつ。
これに対し、信念に反するから、辞任するとの考え方(真実義務)がひとつ。

以前、私は後者の考え方でした。
が、いまは、前者の考え方。

理想は後者です。

でも、辞任をすると、後任の国選弁護人が同じ問題に直面。なお、辞任せず、証人請求はしないとなると、弁護過誤になります。

結局、信念に反するゆえの辞任を許すと、その後、辞任、辞任という連鎖が生じます。

だから、証人請求はしつつ、できる限り嘘をつけないよう、かわしたり、質問を工夫するなどする。そうして信念との折り合いをつけることになります。

見方により弁護士も悪者側とされることがありますが、むしろ法的にそれが求められる仕事。

そうした立場である上で、様々板挟みの局面があり、あがいていることを知ってほしいなと思います。

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by ofuna-law | 2016-02-13 08:30 | スタンス
法の生命は理論ではなかった。
経験であった。
~ オリヴァー・ウェンデル・ホームズ判事

司法試験合格前、法とは理論、すなわち、数式であり、事実は代入する数字と同じ、という感覚がありました。

だから、理論に事実をあてはめれば、答えはストレートに出ると。

でも、実務に出て、みごとにその先入観は逆転しました。

法は理論ではなく、解釈の余地が多分にある。すなわち、数式のようにかちっとはしてなく、いわばゴムまりのように弾力的。

かつ、それにあてはめる事実も、リアルタイムに経験していないから、証拠や経験に基づき認定してゆく。ゆえに、真実は1つだけど、紛争上問題となってしまうと、事実は真実に一致するとは限らない(事実が捏造されたり、証拠で証明できないことなどもある)。

誤解をおそれずにいうと、相談時に、人生及び法曹の経験から、あるべき結論が導かれる(筋といわれるもの)。それこそ肝で、そこに向け、経験上あり得る自然な形で、法は弾力的に使うし、あてはめる事実も筋に沿うかでみる。

法の生命は理論ではなく経験という言葉は、とても府に落ちます。


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by ofuna-law | 2015-11-17 09:01 | スタンス
井上ひさしさんの言葉で

むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをゆかいに
ゆかいなことをまじめに
書く

というのがあります。

戯曲小説文筆家だから、「ゆかい」「書く」。

弁護士だと、「ゆかい」は、お客様との関係では違うけど、なるほどといえるし、「書くこと」は、それだけでなく、「話す(説明する)こと」も含め、同じだと思います。
by ofuna-law | 2013-08-05 05:13 | スタンス

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