湘南|大船と辻堂(藤沢・茅ヶ崎)と平塚|3つ法律事務所がある弁護士法人代表某の「弁」

ofunalaw.exblog.jp

「弁護士法人プロフェッション」代表某が時々弁ずるブログ|大船駅(鎌倉市)・辻堂駅(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚駅各3分|夜間休日相談あり

人間の感・勘・観-弁護士必須の3つのカン

AIと対比して人間らしさが語られることがある。
そんな中、最近「3つのカン(感・勘・観)」という話を読んだ。

「感」とは、感情、共感、感動、の感。
「勘」とは、勘に頼る、勘がよい・悪い、の勘。第六感は、漢字こそ違えど、勘を指す。
「観」とは、大局観、観察力、の観。

これら3つのカンは、(少なくとも今は)AIにはないと思う。
そして、これらは弁護士として、必要かつ大事にすべき感覚・能力・スキルだと思う。

相談者・依頼者は、どうしても感情優位の状態である。喜怒哀楽でいえば、怒か哀かが強い。
それを、絶妙なバランスで汲み取れたら望ましいと思う。
共感にも程度がある。浅くても、深くても、まずい。
浅いと親身とは言えなくなるし、深いとほかにも多数の案件を抱えるため全てが深いことで多重ストレスに陥り自分がつぶれかねないから。
検察は、「被害者と共に泣く検察」をキャッチコピーにするが、弁護士は、「相談の際、泣く(涙を流す)依頼者と一緒に泣いて(涙を流して)はならない」(そこまで感情移入するのはメンタルヘルス上よくない)と言われている。
以上が「感」について。

「勘」については、法的知識や経験に裏打ちされた勘。
相談者・依頼者から、例えば「~をしてもよいか・まずいか」と聞かれると、弁護士は「大丈夫・駄目・しないほうがいい・それはまずい」などと回答する。
このとき、頭ではどうやらまず勘が働いている。その後付けで、法的知識等で理論付けし、自分の勘が正しいかをチェックしているように思う。
法廷では、釈明を受けたり、尋問の際に想定外の話が出たり、異議を出したりする。こういった即座のやり取りのときは勘が先行している。持ち帰れるものは持ち帰って検討するのだが。

「観」も法的知識や経験に関連する。
が、「勘」と少し違うのは性格・個性・人生観といった個々の特性の要素が入る点と、「勘」は一瞬、「観」は将来に向けた長期的視座という点だろう。
相談内容を聞いたとき、その案件の結論を見通す・筋を読むこと。これはまさに大局観である。
その他、背景にある人間模様や思惑、こちらにどんな証拠があるか・相手の反論や証拠はどうかの当たりをつけること。
人生の荒波に揉まれていたり、辛酸をなめてきていると、裏の裏を考えられたり、人の気持ちを想像できたり、相手の立場で物を考えられると思うが、そういったことも「観」。

1年くらいだと大差ないが、2年以上前、5年以上前、10年以上前の自分を思い返すと、3つのカンの全てにおいて、それぞれの時点ごとに違ったし、今とも違うと感じる。
感は強すぎたりムラがあったし、勘は冴えている部分があったけど働かない部分も多かったし、観は長い目で見る長さが今より短かったと思う。

AIに取って代わられる仕事という切り口で見ると、弁護士は比較的残りやすいと言われているが、その理由のひとつには、人間らしい3つのカンが仕事に強く結びついていることが挙げられるのではないか。

とあるデータで、AIに代わられる率につき、裁判官と弁護士を対比すると、若干だけれども裁判官のほうが代わられる率が高く、弁護士のほうが低かった。(全般的に何事も両者の比較で逆転することがないから嬉しかった)

その理由を分析すると、依頼者のもつ膨大な情報を聞き取り、探し、掘り下げ、感情も汲み取るなどしてから、統合し、エッセンスのみを文章化・証拠化し、しかし、依頼者の意に沿い・反するものであってはならない。その過程が、AIには苦手なのだろう。
それと、対依頼者との話や対相手方との交渉は、いずれも人と人同士の話であり、特に「感」が入るので、依頼者として、AIには任せきれない・AIではフラストレーションが残る・納得し難いというか、そういう問題なのだと思う。

ブログランキングに参加しています
記事が「いいね」の場合下記バナーのクリックご協力ください


by ofuna-law | 2018-01-23 08:09 | 仕事術 仕事感

「弁護士法人プロフェッション」代表某が時々弁ずるブログ|大船駅(鎌倉市)・辻堂駅(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚駅各3分|夜間休日相談あり


by prof-law