大船法律事務所 辻堂法律事務所 平塚八重咲町法律事務所の某弁護士の述懐

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湘南に3つ ―大船(鎌倉市)・ 辻堂(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚八重咲町―法律事務所を置く 弁護士法人プロフェッションの いち弁護士が 思いや出来事を時々つづるブログ

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明治生まれの無骨無口な祖父は、大工の棟梁で、私が高3のときに逝去。
初孫の私を、とてもかわいがってくれました。

毎年くれないお年玉を、1回だけくれたときに、古札だった(前の前の前のバージョンくらいの千円札)衝撃は、忘れることができません。
腕時計を2回、幼稚園のころと中学生のころに買ってくれたことや、わざとなのか分かりませんが「渋滞」のことを「しぶたい」と話し、「高速道路のしぶたいがひどいらしいぞ」と言っていたことが大きな思い出です。

祖父の大工修業時代のことは不明(それ以外のこともほとんど不明)。
横浜の石川町近辺で大工として独立し、その後、藤沢の六会に移って工務店をし、職人を増やして、棟梁をしていたのは確かです。

大工(特に建築士制度が今ほどでない昔の当時の大工)は、基礎から完成まで構造を緻密に頭の中で組み上げるので頭は使うし、実際に木材を道具で狂いなく加工し、丁寧な仕事で組み上げる腕も必要で、また、職人を徒弟制度で鍛えつつ、工務店という組織をトップとしてまとめます。

大工と弁護士は一見して違いますが、弁護士でいう、知識を高め知恵を絞り成果を訴求していくことや、解釈や文章や法廷技術にこだわる職人気質なところ、部下の弁護士の指導に徒弟制度的な面が残る伝統、事務所(法人)が大きくなると比重が増えてくるマネジメントは、上記大工の局面と似通っていると思います。

最近、そう気づき、その思いがどんどん強くなってきて、祖父との同質性や親近感を勝手に感じ、同じような悩みとかありながら天寿を全うしたのだと、これも勝手に解釈して、祖父への尊敬心は強まるばかりです。

以前は、尊敬する人を「織田信長」と言っていましたが、最近は「祖父」と言うようになりました。
年月による成長・進化と自称しています。

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by ofuna-law | 2016-05-27 08:30 | プロフィール 
(2005.5.19記事)
ご専門は?という質問を受けることは多いです。

医師なら,外科,内科,小児科,精神科,産婦人科など,専門がありますが,弁護士では,それほどには特化しておらず,憲法,民法,刑法,商法,民事訴訟法,刑事訴訟法(いわゆる六法)には通暁し,他はその関連法であり,理解が及ぶので,だいたいは対応するのが実態です。

そもそも当所のような地元密着型弁護士は,専門に特化して門戸を狭めず,相談されればその法律問題に一定の解決策を提示することが求められているのです。

依頼が多い類型はあります。当事務所では,離婚・不貞等男女トラブル,相続,交通事故がトップ3です。経験が多くなりますが,専門ではありません。

専門を決めることは,視野や知見や経験やバランスや可能性を狭めるリスクと裏腹であると懸念するのを,知っていただけたらと思います。

頼りなげな印象を受けるかもしれませんが,ご専門は?の質問に,端的に答えられないのが正直なところなのです。

(2015.2追記)
今、ご専門は?と聞かれたら、「身近なトラブル」「中でも、男女問題・相続・交通事故」と答えると思います。
独立後10年の経験で、自然とそうなりました。

男女問題は、「1対1」の法的トラブルの基本形だと感じます。当事者間の対立が主観面と経済面で、もっとも激しく、人間関係の法的トラブルが集約されていると思います。

相続は、「1対数人」の基本形。男女問題の応用形に位置づけられると思います。

交通事故は、主観面の対立は比較的後退してドライで、むしろ経済面の対立がメインになるという点で、男女問題ができれば、交通事故もできるという関係になると思います。

(2016.5.25追記)
専門は?との質問について、質問の意図を大別できるように感じます。

ひとつは、どんな弁護士なのかという個性の興味からの問いで、もうひとつは、どこかで身近に法的トラブルを抱えていて、相談できそうかの感触を得る問いだと。

だから、最近は、専門は?と聞かれたら、「どんな弁護士を探しているのか」というように、逆質問をするようにしています。

すると、何かの法的トラブルを抱えている場合であれば、メジャーな法律問題のみならず、マイナーでも、これまで専門を決めず対応してきたので、意図に合わせた答えができます。

また、その分野には一目おける弁護士が他にいて、そのレベルを考えると、対応できないと見極めることができるようになり、断るべきを断るようにするようにもなっています。違う意味の成長と、好意的にとらえていただきたいです。

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by ofuna-law | 2016-05-25 09:00 | 取扱業務
司法試験受験では,法の「理」,すなわち,理論を勉強します。
理論としての美しさ(一貫性と精緻度)に目を奪われます。

判例通説ではなくとも,例えば,手形法の二段階創造説。刑法も大谷説。民法177条だと鎌田説。
いずれも,判例通説にはない美しさがあります。

弁護士になると,判例通説がスタンダード。
少数説の出番や,理論の美しさは,ほとんど考えません。

実務では,結論の妥当性が肝。
事件の筋といって,これは関係当事者の主張や証拠等を総合考慮すると,どうなるのかといった見立てですが,事件を読み解くうち,まず結論が浮かびます。

この筋読み,見立ての根底にあるのが「情」です。
言い換えると,一般人の常識的な見方。

司法試験受験生は,大半が20代。
法律相談を必要とする人よりも,若い。
人生経験が少なく,常識はまだ不十分が普通。

とすると,何が正しい結論なのかの迷いがある。

しかし,それでいいんであって,まずは判例通説を理論として勉強することで,具体的事例でどのような妥当な結論を導いているか,という常識も勉強していることになります。

司法試験合格後数年して,常識が理論を超え,いまは,まずは結論の妥当性だと感じます。

そして,筋読みからの結論が,判例通説に反する場合もあり,この場合,判例通説の射程範囲を特定した上で,本件に限っては修正を加え例外とすることができないかという思考プロセスをとったり,妥当な結論が導かれるような事実の主張と立証に努めることになります。

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by ofuna-law | 2016-05-12 18:06 | スタンス
2008.12.2に法廷で裁判官から「バッチつけてないですね。本当に弁護士なんですか」と叱責された経験がある。

当時35歳。そんなに素人っぽかったか,事件屋ぽかったか,人相が悪かったか。

そのころ弁護士バッチをつけることが,なんとなく嫌で。

それを正当化したくて,「そもそも弁護士バッチは絶対に法廷でつけなくてはいけないという義務があるのか」を,「ないはずだ」というために,躍起に調べたが,それも過去の笑い話。

結果,法律に明文はなく,日弁連の会則の中に「帯同義務」という規定があるのみで,この帯同義務とは,バッチを常に持ちあるいていつでもつけられるようにしておかねばならないという義務であり,バッチを胸に必ずつけなければならない義務ではないと判明(日弁連にも確認)。

かといって,「つける法的義務まではない」と開き直るのも,逆に必ずつけるのもなんか癪だなとずるずるしていたが,いつからかは覚えがないものの,ここ数年は法廷ではつけている。

逆に,普段は昔も今も全くつけない。

見る人がバッチ見ればすぐこの人弁護士だとわかるので。
それと,普段から品行方正で真面目貫徹ならさておき,そうともいえない自覚があるので,弁護士バッチで自らが弁護士と表明し続けるのは,不都合なことがあるかもしれないので。

もっと成長して常にどこでも絶対恥ずかしくない理想の弁護士になれたら,普段も弁護士バッチをつけたいと思う。

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by ofuna-law | 2016-05-06 10:30 | 反省 回想 雑感
「ワークライフバランス」という標語を、「ライフワークバランス」と換言すべきとの意見を目にした。
その意図は、両者のバランスを考えるなら、あくまでライフが先というもの。

賛成だ。

というのも、ワークにつかる日々を送っていると、どうしてもワーク先の頭になる。その頭でライフとのバランスを考えようという「ワークライフバランス」には限界がある。むしろ、先に「ライフ(人生設計・やりたいことや楽しいこと)」を考え、その頭で、ワークとのバランスを考えるのが理想と思うから。

ただ、「ライフワークバランス」に換言したところで、現実はワークにつかる日々。だから頭もそっち中心に引っ張られる。

だから、そうならないための強い戒めの意味で、一歩進んで、個人的には「ライフライフライフワークバランス」くらい、先にライフを連呼して、ようやく程よいバランスが保てると思う。

ちなみに、若いうち(42歳もまだ若いと言われたら元も子もないが)からそう考えろとは言わない。

最近になって、体力が漸減し、無理すると次の無理を招くという、悪いスパイラルに陥るようになった現実。逆に、経験の蓄積による筋読みや指示等ができるようになってきた年齢になったこと。だから、そう考えるに至ったので、決してその紆余曲折を飛ばしてほしくない。

ライフライフライフワーク実現のため、「無理なことは無理」と言い聞かせ、「無理と判断したことのマイナスは甘受する」と考えるよう、精進中。
そうしないと、やっぱりワークに引っ張られてしまうから。

精進を続けるうち、個人的にとても大ごとなのだが、ようやく、休日にスマホの電源を終始切れる境地に至った(これまで、何か重要な仕事の連絡が入るのではないかと気になって切れなかった)。切らないと、気になって、どうしてもライフがワークに侵される。

また、例えば、恥ずかしい話、いわゆる「育メン」に対する認識を取り上げると、前は男はまず仕事だろうと思っていたのに、今はは育メンは子が小さいときしかできないことで、親離れで卒業。その限られた期間にやらないと、時機を逸し、人生の中でマイナスだという意識へと変わった(いずれにせよ誹りを受けそうではあるが)。

そして、一番意識しているのは、「自分しかできないこと」をすること。

仕事(ワーク)だと、「判断」と「指揮」。それ以外は、だれかに任せたり、部下に振ったり、アウトソースができる。
ライフであれば、自分しかできないことの究極とは、「もし明日死んだら、後悔しそうなこと」をすること、だと思う。ただ現実的には、やるやらないを決めるときに、「これをしなくて明日死んでも、後悔しないだろうから、しない」という形で用いているというほうが正しいか。

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by ofuna-law | 2016-05-05 10:10 | スタンス

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