大船法律事務所 辻堂法律事務所 平塚八重咲町法律事務所の某弁護士の述懐

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湘南に3つ ―大船(鎌倉市)・ 辻堂(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚八重咲町―法律事務所を置く 弁護士法人プロフェッションの いち弁護士が 思いや出来事を時々つづるブログ

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別荘地といえば、今は軽井沢、那須、熱海などが有名でしょうが、明治・大正・昭和初めは、神奈川の海辺が有名な別荘地でした。

(軽井沢に関する余談ですが、軽井沢を別荘地として有名にしたのは外国人です。外国人が気候や環境に着目して開拓。今や日本一ともいえる別荘地になりました。)

神奈川では鎌倉の海辺も、昔、多くの文人の別荘地であったことは有名な話。

ただ、今回は、鎌倉は抜きにして、大磯と鵠沼について書きます。

両者のうち、先に別荘地となったのは、大磯です。神奈川県中郡大磯町。

(またも余談ですが、この中郡には二宮町もあり、大磯町と二宮町はライバル関係です。あたかも、浦和と大宮、前橋と高崎、長野と松本のような構図がぴたりとあてはまります。例えば、大磯町出身の人に、「二宮町出身でしたっけ?」と間違えようものなら、小一時間は説教を受ける事態に陥ります。。。)

大磯に別荘を持っていた有名人では、伊藤博文、島﨑藤村、吉田茂、原敬などそうそうたる面々がいます。

(なお、吉田茂が大磯の別荘へ車で向かうにあたり、戸塚の開かずの踏切のせいで時間がかかりすぎるため、横浜新道の西にバイパスを整備させたという噂があります。余談ばかりですね。)

さて、なぜ、当時、大磯が別荘地になったのか?と思って少々調べた結果、明治~の交通が東海道本線(鉄道)のみということが関係しているようです。

東京から東海道本線に乗車した場合、海に直近するのは、品川の次が大磯が初めての地(ちなみに、「品川→横浜→(戸塚)→大船→藤沢→(辻堂)→茅ヶ崎→平塚→大磯」。現在の電車で1時間強ほどかかりますから、当時はもう少しかかったと思いますが)。

先日、先々本格的に大磯の有名人の別荘地散策をしようと思い、軽く下見しましたが、別荘地らしい風情が残っていました。潮風が心地よく、さながら離島の海辺の町のような感じ。古い家が多いです。道も狭く、それがまた昔ながらの雰囲気を醸し出しています。今後の本格散策が楽しみになります。

さて、一方、鵠沼は、藤沢市鵠沼または鵠沼海岸。江の島のやや西側に位置する海辺です。

藤沢駅からは、江ノ電または小田急線で数駅で到着。
この江ノ電や小田急線は、大磯が別荘地として栄えた頃にはまだ開通していませんでした。
ゆえに、大磯のほうが別荘地としては先で、鵠沼は後になるわけです。

江ノ電または小田急線開通後に、鵠沼は別荘地になり、栄えることとなります。
東には江の島、西には富士山が見えますし、閑静。いまでも海辺には砂防の松林がありますが、そういった風情。
あと、海水浴場があります。海水浴場としては、大磯も勿論適しますが、鵠沼は砂浜が大磯よりも東西に広いように思います。

また、丁度、ここらの海岸では、鵠沼のみ遊泳に適しているという特徴も関係しているかもしれません。
少し東に行ったり、少し西に行ったりするだけで、砂浜から海に入ると急に水深が深くなり、遊泳が危険になります。現在、鵠沼の東と西は、遊泳禁止区域になってますし。

ゆえに、藤沢市の海辺で別荘に適しているのは、鵠沼しかなかったように推察します。
ちなみに、いま鵠沼は別荘地というよりは、閑静な住宅街になっています。

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by ofuna-law | 2015-05-12 09:00 | 地域の出来事 歴史 研究等
弁護士も人。生きている。
幾多の苦悩、例えば、逆境・ストレス・辛苦・試練等は不可避だ。

当法人名の「プロフェッション」とは、神職・医師・弁護士を指す。
人の三大苦悩を担う職業を意味する。
三大苦悩の対象は、心・体・人間関係。これらのうち、「心の悩みは神職」、「体の悩みは医師」、「人間関係の悩みは弁護士」が担う。

「医者の不養生」という言葉がある。

神職・医師・弁護士、それぞれ心・体・人間関係に悩まないことなどはない。
一見悩んでいないように見えても、表に出していないにすぎない。

むしろ、表に出さない苦悩を抱え、その結果、共感力と問題解決力が醸成され、その結果、仕事にやりがいを見出すという、螺旋回転を繰り返していると思う。
もし悩みがなかったら、そもそも悩みに共感し、解決し、やりがいを感じることはできないのではなかろうか。

マザーテレサは、聖書の言葉を引用し、「神は乗り越えられない試練は与えない」と言った。

いま苦境にある人に、この言葉を話しても、おそらく効果はないだろう。
熱い物を食べて喉がやけどしそうなときに、「のど元過ぎれば熱さ忘れるから我慢」と言うようなものだ。
腑に落ちるとは思えない。

だからといって、いま苦境にある人に、響かないかもしれないけれども、この言葉をいま話す意味はあると思う。後から意味を持ってくると思う。

熱い物がいつかのど元を過ぎて、「のど元過ぎれば熱さ忘れる」のを実感するように、苦境が過ぎた暁には、「神は乗り越えられない試練は与えない」のを実感すると思う。

そして、実感の瞬間、それが新たなスタートへの力になり、将来もし苦境が来ても、前回乗り越えた経験が必ず生きると思う。

だから、いまは響かなくても、苦境にあるからこそ法律相談にみえる方に、いつも「神は乗り越えられない試練は与えない」という言葉を持ち(口には出さないにしても)向き合っている。

そもそも、相談にみえた時点で、苦境を乗り越える第一歩を踏み出している。あとは、乗り越えて、その後、「神は乗り越えられない試練は与えない」の実感へと道を歩むだけだと思う。
by ofuna-law | 2015-05-08 09:00 | 反省 回想 雑感

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