大船法律事務所 辻堂法律事務所 平塚八重咲町法律事務所の某弁護士の述懐

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湘南に3つ ―大船(鎌倉市)・ 辻堂(藤沢市・茅ヶ崎市)・平塚八重咲町―法律事務所を置く 弁護士法人プロフェッションの いち弁護士が 思いや出来事を時々つづるブログ

カテゴリ:スタンス( 7 )

2017年新年の抱負

新年の抱負。ここでは仕事面に限定する。

それは,昨年1月に掲げた抱負と同様,弁護士・事務所としての,価値を高めることだ。これを今年はもっと高める。

ここ15年で,弁護士数は倍増した(2000年次約17000人→2015年次約36000人)。

だからこそ,敢えて選ばれる価値を高める。
研鑽・努力・経験を積んでいく。結果を出し,満足度を得る。個のレベルを上げる。事務所の組織力を強化する。
いずれも簡単ではないが,愚直に追求し続ける。

医師に例えると,知る人ぞ知る名医のもとには,全国から患者が集まる。

まず,同様の価値を,高めることができないか。
とはいえ,見据えるのは湘南地域密着であり,全国ではない。ここが独自の力点。

つまり,そのような価値のある弁護士・事務所が,地元にあり,すぐアクセスができ便利なら,地域密着型法律事務所の理想形である。

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by ofuna-law | 2017-01-13 11:56 | スタンス
司法試験受験では,法の「理」,すなわち,理論を勉強します。
理論としての美しさ(一貫性と精緻度)に目を奪われます。

判例通説ではなくとも,例えば,手形法の二段階創造説。刑法も大谷説。民法177条だと鎌田説。
いずれも,判例通説にはない美しさがあります。

弁護士になると,判例通説がスタンダード。
少数説の出番や,理論の美しさは,ほとんど考えません。

実務では,結論の妥当性が肝。
事件の筋といって,これは関係当事者の主張や証拠等を総合考慮すると,どうなるのかといった見立てですが,事件を読み解くうち,まず結論が浮かびます。

この筋読み,見立ての根底にあるのが「情」です。
言い換えると,一般人の常識的な見方。

司法試験受験生は,大半が20代。
法律相談を必要とする人よりも,若い。
人生経験が少なく,常識はまだ不十分が普通。

とすると,何が正しい結論なのかの迷いがある。

しかし,それでいいんであって,まずは判例通説を理論として勉強することで,具体的事例でどのような妥当な結論を導いているか,という常識も勉強していることになります。

司法試験合格後数年して,常識が理論を超え,いまは,まずは結論の妥当性だと感じます。

そして,筋読みからの結論が,判例通説に反する場合もあり,この場合,判例通説の射程範囲を特定した上で,本件に限っては修正を加え例外とすることができないかという思考プロセスをとったり,妥当な結論が導かれるような事実の主張と立証に努めることになります。

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by ofuna-law | 2016-05-12 18:06 | スタンス
法の生命は理論ではなかった。
経験であった。
~ オリヴァー・ウェンデル・ホームズ判事

司法試験合格前、法とは理論、すなわち、数式であり、事実は代入する数字と同じ、という感覚がありました。

だから、理論に事実をあてはめれば、答えはストレートに出ると。

でも、実務に出て、みごとにその先入観は逆転しました。

法は理論ではなく、解釈の余地が多分にある。すなわち、数式のようにかちっとはしてなく、いわばゴムまりのように弾力的。

かつ、それにあてはめる事実も、リアルタイムに経験していないから、証拠や経験に基づき認定してゆく。ゆえに、真実は1つだけど、紛争上問題となってしまうと、事実は真実に一致するとは限らない(事実が捏造されたり、証拠で証明できないことなどもある)。

誤解をおそれずにいうと、相談時に、人生及び法曹の経験から、あるべき結論が導かれる(筋といわれるもの)。それこそ肝で、そこに向け、経験上あり得る自然な形で、法は弾力的に使うし、あてはめる事実も筋に沿うかでみる。

法の生命は理論ではなく経験という言葉は、とても府に落ちます。


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by ofuna-law | 2015-07-17 09:01 | スタンス
国選弁護の被告人が、虚偽証言をする証人を請求してほしいと希望し、説得に耳を傾けない場合。

虚偽証言をする証人の証人請求などもってのほかと考えて辞任してよいか?

という究極の質問があり、考え方が分かれます。

弁護士は依頼者のためのものだから請求せざるを得ないとの考え方がひとつ。
これに対し、信念に反するから、辞任するとの考え方がひとつ。

以前、私は後者の考え方でした。
が、いまは、前者の考え方。

理想は後者です。

でも、辞任をすると、後任の国選弁護人が同じ問題に直面。なお、辞任せず、証人請求はしないとなると、弁護過誤になります。

結局、信念に反するゆえの辞任を許すと、その後、辞任、辞任という連鎖が生じます。

だから、証人請求はしつつ、できる限り嘘をつけないよう、かわしたり、質問を工夫するなどする。そうして信念との折り合いをつけることになります。

見方により弁護士も悪者側とされることがありますが、むしろ法的にそれが求められる仕事。

そうした立場である上で、様々板挟みの局面があり、あがいていることを知ってほしいなと思います。

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by ofuna-law | 2015-06-13 08:30 | スタンス
俳優・女優は、役に入り込む。

2年前の3月の記事で、「クライアントを自分を置き換えて、その人が弁護士だったら、やるであろうできる限りの手段を講じるようにしたい」と書き、それは役者魂のようなものだとした。

今も昔も、そう思う。

ただ、その場合、経験とキャパシティを考えて、その手段は効果的ではないとか、できない、という選択眼を持つ意識も大事だと思うという記載をしなかったので、追加する。

いくら役者魂のある俳優・女優でも、この役はできないと断るのがよくあるし、同時に何人も役をこなさない。

仕事に集中しすぎると、様々なことに余裕がなくなる自分がいる。
プライベートも重視し、ほどほどに両立することが大切だと思う。

「趣味は読書」といいながら、「最近は読書する暇がない」と弁解していたが、それではいけない。。

弁護士は、お客様が、全員、弁護士に頼まねばならないほど思い悩み、弁護士でも簡単ではない法律問題を抱えている。このご本人のストレスをシェアして、それに手持ちの案件数を乗ずることになるから、辛くないと言えば嘘になる。

弁護士界では、「あくまでも他人事」という考えをしたほうがいいと言われる。

全部それで割り切ることはできないが、頭の片隅でそう思っておく程度が丁度よいのではないか。
自分事として入り込むことは大切で、そのストレスはやはり受け入れ、一方で、プライベートなどで発散して、バランスをとる。

ただ、この仕事を続けているうち、ストレスに耐えられるようになるというか、意識しなくなるというか、昔よりは、ましになったのは、年の功か。

「ストレス発散には運動がいい」といわれながら、「運動をする暇がない」と弁解するのは、それもいけない。。。


by ofuna-law | 2015-04-09 15:33 | スタンス
井上ひさしさんの言葉で

むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをゆかいに
ゆかいなことをまじめに
書く

というのがあります。

戯曲小説文筆家だから、「ゆかい」「書く」。

弁護士だと、「ゆかい」は、お客様との関係では違うけど、なるほどといえるし、「書くこと」は、それだけでなく、「話す(説明する)こと」も含め、同じだなあと思います。
by ofuna-law | 2013-05-05 05:13 | スタンス
交渉でも証人尋問でも、こちらがどう言ったら(どう質問したら)、相手がどう言うか(どう答えるか)、それについて、こちらはどう言うか(どう質問するか)、それについては、という繰り返しを最後まで練りに練っておいて、自分がもって行きたい(引き出したい)発言へと追い込んでいくイメージをもち、常に先手を打って、先を先を読んで、将棋やチェスのイメージで進めます。

特に、証人尋問では、想定問答集を必ず作ります。

途中、答えが分岐することは勿論ありますので、出来る限り答えが分岐しないように、質問を工夫します。

それでも、答えが分岐しそうなときは、質問をクローズドクエスチョン(極端にいえば、イエスかノーかでしか答えられないような、答えの自由度がない質問)にして、もって行きたいほうへ答えるよう、質問を更に工夫します。

分岐が避けられないときは、分岐させるしかないので、ツリー状に答えが広がっていきますが、そこもふまえながら想定問答を作ります。

ですが、最終的には、 もって行きたい発言へ追い込むことを最優先にします。

勿論こちらに都合のいい方にもって行くことが最優先ですが、それができないときは、逆に相手の都合のいい方にあえてもって行くこともあります。

そのときは、大貧民でいう「革命」のようなかくし球の決定的証拠を突然出し、相手の都合のいい答えを根底から覆せないかを考えています。

最後まで暖めていたかくし球を出して、証人が崩れ去るときは、背筋 がゾゾゾとします(笑)。

一回だけ、私の得意技でもあるかくし球を出したとき、相手方優勢という心証を持っていた裁判官の表情が一瞬にして変わり(こちらの主張が実は正しかったという心証に引っくり返ったため)、急に激怒し、「そんな決定的証拠を持ってるなら、もっと早く出しなさい!」と、叱られたことがあります(笑)。

そのあと、別事件でその裁判官にあたるたびに、「お分かりかと思いますが、お手持ちの証拠は、先に早く提出してください」と常々言われるようになりました(苦笑)。
by ofuna-law | 2013-04-15 11:22 | スタンス

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